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人間の「あらゆる観念」をデータベース化」記事へのコメント

  • うーん (スコア:3, 興味深い)

    メイサー氏がNatureに発表したものはNov14のp121、correspondence(読者からの通信欄)の最上部に出てました。 Correspondeceは通常peer-review対象外だ [nature.com]そうなんで選考基準がはっきりしませんが、一応は載せてるわけだし、わざわざ筆頭に持ってきるあたり、Nature編集部側は多少なりとも興味を持った、と取ってもいいかなあ、とも思ったりして。

    しかし、元記事の方も読んでみたけど、これだけだと正直なんだかなあ、という印象を受けたのが正直なところ。
    ツッコミどころはいろいろあるでしょうが、僕は特に「観念」は時代によって変化していくモノだろう
    • コケる可能性どころか、ほとんど論理的に不可能だと思います。私は。

      ある事象を「概念である」と認識するにはこちら側にそれを認識する
      フレームワーク(とか、パラダイムとか呼び方はあると思いますが)が
      あるわけですが、逆にそこから外れたものは概念としての認識すらまま
      ならないわけです。

      だからこそ、旧来から「我々は何を認識する(し得る)のか」という
      認知科学やら認識論やら哲学やらが発展してきたのですが(発展ではなく
      壮大な堂々巡り
      --
      kaho
      • by taz3 (5225) on 2002年12月07日 17時57分 (#213900) 日記

        同感です.恐らく人(というか製作者かな?)が理解できない 「観念」は「観念」ではないとされるのでしょう. 私的世界観をコンピュータ・データベースという魔法装置を 使って,あたかも一般的な世界観であるかのように 吹聴するものになるのかなぁ?

        --
        Koichi
        親コメント

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