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「失敗から学ぼう」と新学会が設立」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward
    失敗を失敗と認めることは恥ではない。
    失敗を失敗と認めないことは醜悪である。場合によっては罪悪である。


    このあたりを共通の認識として持てるようにならないと始まらないのではないかと…。

    #日本人の大多数がこういう考えをしてくれると、ずいぶん日本も良くなると尾思うのだが。
    •  個人的には素直に失敗を認めたいんだけれど、社会がそれを許さない場合もありますね。大きなプロジェクトの基礎段階で、失敗を成功の母として次の段階に進みたい気持ちはあっても、失敗と認めたら最後、予算を絶たれるとかね。
       小さい子供が失敗をして水をこぼしたときに、一生懸命言い訳をするなんてことから始まって、大人になっても何も変わらない社会構造があります。すぐに正直に失敗を認めても、結局はぶっ叩
      •  例えば典型的かつ影響が大きい「失敗」として、交通機関の事故があります。事故が起こった際の各マスメディアの報道内容をみると、乗員乗客の安否や被害状況とともに、誰が悪いんだという犯人探しになることがままあります。いや、明示的にはそう書きませんが、情報提供側の興味がそちらにいっているように見えます。
         航空機事故など、大規模なシステムにおける様々な要因が累積して起きたような事故は、一つ二つの事象に決定的要因を絞り込むのが難しいことがあるわけで、あまり単純化するのはよろしくない。ミスの連鎖は誰か一人が気づけば絶てたかも知れないけれど、だからといって連鎖のなかで一番過失の大きいと思われる人を責めるだけでは問題の根本的な解決にはならず、別な形で再発する可能性があります。
         そういう意味で、客観的にシステムとしての不具合を検証するという努力をすべきですし、事故後の原因究明や対策もシステムの改善に繋がるような内容にして欲しいものです。
         「失敗学」というものを扱う学会を作るメリットの一つはこうした考えを普及させ、「失敗」という事象を「人の責任」「人格の批判」といった付帯的なモノから分離して客観的に扱う(研究し、結果を共有利用する)ということではないかと思います。

         もちろん、失敗した人の職務上の責任は相応に負担してもらわねばなりませんから、失敗してもお咎め無しよ、というわけではありません。
         しかし、責任追及よりも原因特定と是正に重きを置くことで、無用な言い訳に走らぬような雰囲気が形成されると良いですね。

        #まあ、ちょっと青い議論だなと思うのですが、言い訳は武士の恥
        #だからするな、というような精神論よりはマシかなと思うので。
        親コメント

私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

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