アカウント名:
パスワード:
そもそもViktor Antonovさんは“アート”ディレクターで、その立場からの意見ですよね。発言のほうも「ここ5年で新規性があったのはBioshockとDishonoredだけだ」みたいなことを仰っている。ここから、世界観やストーリーテリングといった面で新規性のあるユーザ体験を偏重していることが伺えます。元記事と本家では氏をきちんとart maestroと紹介しているのに、日本語になった途端どうして「ゲームディレクター」「ゲーム開発者」となってしまったんでしょう。
それでまあ身も蓋もないことを言ってしまえば、これはポジショントークですね。Bioshockは一貫した独自の世界観をウリにして成功したと言っても過言ではないタイトルでした。ですのでこれを基準にしてしまうと、パスできるゲームが極めて限られてきます。一方のDishonoredは、未発売かつ自身が関わっているタイトルということで、要するにこれをプッシュしたいという意図なのでしょう。ハードルが高いとはいえ、この主題で対抗馬がBioshockだけというのは余りにも不自然ですから。ぼくが思いつく限りでも、Portal、Assassin's Creed、Dead Space、Fallout 3がスルーとかありえないんですが、ポジショントークなら仕方ない。Shooterではないとか、TPSであるとか、完全新作ではない(Fallout 3はシリーズ初FPSだけど)という要素を暗に排除しているわけですね。よくわからないんですが、これって炎上マーケティングと呼ばれるものだったりするのかしら。
とまあ冷やかすだけじゃなんなので、お題についても真面目に釣られてみたいと思います。個人的に同調できるなと思うのは「戦争物ばかり」という点。新規性のある世界観なんてそうポンポン出てくるものじゃないし、ヴァージン・スノーはいちどしか踏めません。だからステレオティピカルなゲームがポンポン出てくるのはよろしい。ただ戦争物というのはね……、あまりよろしい傾向でないように感じます。
例えばSFやファンタジーなら、ある程度ステレオティピカルでも独自に創作しなければいけない部分が相応にあるはず。一方で戦争物は表現の幅が極めて限られるために、創作が介入する余地がかなり小さいように思われます。世界観は創作の余地なしですし、脚本面でも「人間が考え遂行する作戦行動」という大きな枷を“得る”ことができます。とりわけ史実をベースにしたものであれば、かなり楽ができるのではないでしょうか。
もちろんパブリッシャーが冒険を嫌うといった側面も多分にあるでしょう。しかし個人的に危惧しているのは、脚本や世界観を書き出せる人間が減ってきているのでは、という点です。ゲーム業界に深く携わっている人間が、この点について本気で警鐘を鳴らしているのなら、空恐ろしいなと思います。基本はポジショントークだと思うのでどこまで深読みしていいかは分かりませんが。
とりあえず売れるといいですね、Dishonored。
より多くのコメントがこの議論にあるかもしれませんが、JavaScriptが有効ではない環境を使用している場合、クラシックなコメントシステム(D1)に設定を変更する必要があります。
ナニゲにアレゲなのは、ナニゲなアレゲ -- アレゲ研究家
ちょっと観点が違うような気がします (スコア:1)
そもそもViktor Antonovさんは“アート”ディレクターで、その立場からの意見ですよね。
発言のほうも「ここ5年で新規性があったのはBioshockとDishonoredだけだ」みたいなことを仰っている。
ここから、世界観やストーリーテリングといった面で新規性のあるユーザ体験を偏重していることが伺えます。
元記事と本家では氏をきちんとart maestroと紹介しているのに、日本語になった途端どうして「ゲームディレクター」「ゲーム開発者」となってしまったんでしょう。
それでまあ身も蓋もないことを言ってしまえば、これはポジショントークですね。
Bioshockは一貫した独自の世界観をウリにして成功したと言っても過言ではないタイトルでした。
ですのでこれを基準にしてしまうと、パスできるゲームが極めて限られてきます。
一方のDishonoredは、未発売かつ自身が関わっているタイトルということで、要するにこれをプッシュしたいという意図なのでしょう。
ハードルが高いとはいえ、この主題で対抗馬がBioshockだけというのは余りにも不自然ですから。
ぼくが思いつく限りでも、Portal、Assassin's Creed、Dead Space、Fallout 3がスルーとかありえないんですが、ポジショントークなら仕方ない。
Shooterではないとか、TPSであるとか、完全新作ではない(Fallout 3はシリーズ初FPSだけど)という要素を暗に排除しているわけですね。
よくわからないんですが、これって炎上マーケティングと呼ばれるものだったりするのかしら。
とまあ冷やかすだけじゃなんなので、お題についても真面目に釣られてみたいと思います。
個人的に同調できるなと思うのは「戦争物ばかり」という点。
新規性のある世界観なんてそうポンポン出てくるものじゃないし、ヴァージン・スノーはいちどしか踏めません。
だからステレオティピカルなゲームがポンポン出てくるのはよろしい。
ただ戦争物というのはね……、あまりよろしい傾向でないように感じます。
例えばSFやファンタジーなら、ある程度ステレオティピカルでも独自に創作しなければいけない部分が相応にあるはず。
一方で戦争物は表現の幅が極めて限られるために、創作が介入する余地がかなり小さいように思われます。
世界観は創作の余地なしですし、脚本面でも「人間が考え遂行する作戦行動」という大きな枷を“得る”ことができます。
とりわけ史実をベースにしたものであれば、かなり楽ができるのではないでしょうか。
もちろんパブリッシャーが冒険を嫌うといった側面も多分にあるでしょう。
しかし個人的に危惧しているのは、脚本や世界観を書き出せる人間が減ってきているのでは、という点です。
ゲーム業界に深く携わっている人間が、この点について本気で警鐘を鳴らしているのなら、空恐ろしいなと思います。
基本はポジショントークだと思うのでどこまで深読みしていいかは分かりませんが。
とりあえず売れるといいですね、Dishonored。