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進化論が正しくて創造論が間違ってるって証拠がないんだよねー
よく、そういう論点ずらしを見かけますが、現時点で『創造論が正しいかどうか』『進化論が正しいかどうか』なんてことは問題じゃないんですよ。
創造論は、反証可能性がないので、科学ではありません。科学ではないものを、科学であるかのように教えることが間違いなのです。
創造論そのものについては、それはそれで科学と宗教の歩み寄り方とか、信仰と科学の板挟みに対する解決のヒントとか、いろいろ面白いテーマが含まれているので、そこまで頭ごなしに否定するもんでもないかな、とか思いますが、科学扱いするのは絶対に間違いだと断言できますね。
進化論にも反証可能性はないのでは進化論は結局、運の良かった個体が子孫を残す事を繰り返して今の生態系ができたって話でしょ。なら、どのような進化が起こっても、逆に異様に長い期間まったく変化しなくても。進化論は否定されませんよね。
>運の良かった個体が子孫を残す事を繰り返して
運ではなく、基本的には生物は環境に適応するよう変化する(環境に適応した個体の形質が受け継がれ、多数を占めるようになる)というようなことを言ってるだけです。形質の変化にはランダム要素もあるので、環境の変化にも生物は対応することができるわけです。
反証は簡単で、環境に適応していないような生物が絶滅もせずに長く同じ形質を長く維持しているような例が見つかるとか、環境に適応していないと考えられる形質…たとえば暑い地域で保温性が高い分厚い毛皮を持ち、体温を下げるいかなる仕組みもないというような不思議な生物の形質が長く受け継がれている例が見つかれば、進化論には疑問があるということにもなりますね。
# 与太ですが「運の良さ」が進化によって受け継がれるというのはリングワールド# シリーズの「ティーラ・ブラウンの遺伝子」という割りと有名なSFネタですな。
いえ進化の基本は運のはずです中立進化説などで提唱されていますが、遺伝子レベルでの変化は基本的に中立です。あくまでその変化が、集団全体に波及していく過程において環境の影響を受けるだけです・
また環境に適応しない生物が絶滅しないことありえません。そ環境に適応出来ないと言う事は、その環境で種を維持できないことですから。ある環境で長く同じ形質を維持している以上、どうあってもその生物は環境に適応しています。人間の常識において不可解な生物かもしれませんが、生物にとっての適応とは生存と繁殖が出来ればいいわけですから不都合な形質を持っていたとしてもそれは、進化論への反証にはなりえません。
寒いところで過ごす人類の体毛はもっと濃くなった方が適応するのに実際には特に濃くなっていない。実際、寒冷地で裸で過ごせば凍死するのに、それに対応した進化はしていない。つまり人類の存在こそが、進化論に対する反証だよ!
>運ではなく、基本的には生物は環境に適応するよう変化するうーん、ラマルク説も進化論といえば進化論だけど・・・
> 寒冷地に裸族
今はもう居ませんが、パタゴニアのヤマナ族 [google.co.jp]が、裸族とも言えますね。
彼らも今後もずうっと生きてたら、進化したのかなぁ。
体毛によらなくとも体温を維持できれば生きていけるなら方法があるのなら環境に適応できる。は言い換えるとその環境で繁殖できる全ての生物はその環境に適応している。になりませんかどれだけ人間にとって不可解は生物であっても、それは人間が理解出来ないだけで、その環境で繁殖できるのなら、生物は何らかの形で環境に適応しているのではないでしょうか。そうなると、どうやっても実在する生物またはかつて実在した生物の存在を根拠に進化論は反証出来ないのでは、もし反証出来ないのなら進化論は科学ではなく、ただの経験則になりますよ
「実際に繁殖している」が「適応している」ことの直接的な証拠でしょう。そして、「繁殖できなかった」生物たちが数多く存在することも事実です。
繁殖できなかった(絶滅した)生物が多く存在することは、「生物は環境に適応するよう創造された」という創造論への反証となり、「どんな生物でも環境に適応できるか?」という淘汰説への反証可能性を示しています。
その議論だと創造論も反証可能で、その観点では科学になりえますが・・・
はい、「神のなさることは人間には分からない」という反証不可能な"逃げ"に入らなければ、創造論も十分に検証が可能な科学理論足りえます。
しかし、そのように検証すると、否定的な証拠しか見つかりません。
したがって、科学としての創造論は論理的に否定され、創造論は「神の御心は・・・」という「信じる・信じない」の反証不可能な宗教となります。
反証可能であることは、それが科学の土俵に上がることを許しますが、それが「科学的に正しい」ことの証明ではありません。
>反証は簡単で、環境に適応していないような生物が絶滅もせずに>長く同じ形質を長く維持しているような例が見つかるとか、
それはダメな例だと思うね
生物自体が自然淘汰という環境との相互作用を通して変化していればそれだけで「進化論」の大枠はOK一見適応して見えるかどうかっていうのは人類の主観が入るので無用な混乱を招くしどうとでも理由をつけられる可能性があるので、逆に反証可能性を失いかねない
進化論を否定するには多くの種が環境との相互作用ではなく意図を持って他の知性体?(特に限定はしません)に改変されて作られたという証拠を見つけることだね※それでもすべての種について進化論的変化を否定することは限りなく困難だと思うけどね… 現にほっといてもDNAは世代間で変化しちゃうんだし
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あつくて寝られない時はhackしろ! 386BSD(98)はそうやってつくられましたよ? -- あるハッカー
なんだかなあ (スコア:0)
進化論が正しくて創造論が間違ってるって証拠がないんだよねー
Re: (スコア:2)
よく、そういう論点ずらしを見かけますが、
現時点で『創造論が正しいかどうか』『進化論が正しいかどうか』
なんてことは問題じゃないんですよ。
創造論は、反証可能性がないので、科学ではありません。
科学ではないものを、科学であるかのように教えることが間違いなのです。
創造論そのものについては、それはそれで科学と宗教の歩み寄り方とか、
信仰と科学の板挟みに対する解決のヒントとか、いろいろ面白いテーマが含まれているので、
そこまで頭ごなしに否定するもんでもないかな、とか思いますが、
科学扱いするのは絶対に間違いだと断言できますね。
Re: (スコア:0)
進化論にも反証可能性はないのでは
進化論は結局、運の良かった個体が子孫を残す事を繰り返して今の生態系ができたって話でしょ。
なら、どのような進化が起こっても、逆に異様に長い期間まったく変化しなくても。進化論は否定されませんよね。
Re:なんだかなあ (スコア:2)
>運の良かった個体が子孫を残す事を繰り返して
運ではなく、基本的には生物は環境に適応するよう変化する
(環境に適応した個体の形質が受け継がれ、多数を占めるようになる)というようなことを
言ってるだけです。形質の変化にはランダム要素もあるので、環境の変化にも生物は
対応することができるわけです。
反証は簡単で、環境に適応していないような生物が絶滅もせずに
長く同じ形質を長く維持しているような例が見つかるとか、環境に適応していないと
考えられる形質…たとえば暑い地域で保温性が高い分厚い毛皮を持ち、体温を下げるいかなる
仕組みもないというような不思議な生物の形質が長く受け継がれている例が見つかれば、
進化論には疑問があるということにもなりますね。
# 与太ですが「運の良さ」が進化によって受け継がれるというのはリングワールド
# シリーズの「ティーラ・ブラウンの遺伝子」という割りと有名なSFネタですな。
Re: (スコア:0)
いえ進化の基本は運のはずです
中立進化説などで提唱されていますが、遺伝子レベルでの変化は基本的に中立です。
あくまでその変化が、集団全体に波及していく過程において環境の影響を受けるだけです・
また環境に適応しない生物が絶滅しないことありえません。
そ環境に適応出来ないと言う事は、その環境で種を維持できないことですから。
ある環境で長く同じ形質を維持している以上、どうあってもその生物は環境に適応しています。
人間の常識において不可解な生物かもしれませんが、生物にとっての適応とは生存と繁殖が出来ればいいわけですから
不都合な形質を持っていたとしてもそれは、進化論への反証にはなりえません。
Re: (スコア:0)
寒いところで過ごす人類の体毛はもっと濃くなった方が適応するのに
実際には特に濃くなっていない。
実際、寒冷地で裸で過ごせば凍死するのに、それに対応した進化はしていない。
つまり人類の存在こそが、進化論に対する反証だよ!
>運ではなく、基本的には生物は環境に適応するよう変化する
うーん、ラマルク説も進化論といえば進化論だけど・・・
Re: (スコア:0)
別に体毛によらなくとも体温を維持できれば生きていける(=環境に適応できる)のですから、人類の場合は衣服等の使用により生物学的な淘汰圧が緩和された(いいかえれば、衣服や暖房という形で暖をとるように進化した)、ということではないでしょうか。
Re:なんだかなあ (スコア:2)
> 寒冷地に裸族
今はもう居ませんが、パタゴニアのヤマナ族 [google.co.jp]が、裸族とも言えますね。
彼らも今後もずうっと生きてたら、進化したのかなぁ。
Re: (スコア:0)
体毛によらなくとも体温を維持できれば生きていけるなら方法があるのなら環境に適応できる。は言い換えると
その環境で繁殖できる全ての生物はその環境に適応している。になりませんか
どれだけ人間にとって不可解は生物であっても、それは人間が理解出来ないだけで、
その環境で繁殖できるのなら、生物は何らかの形で環境に適応しているのではないでしょうか。
そうなると、どうやっても実在する生物またはかつて実在した生物の存在を根拠に進化論は反証出来ないのでは、
もし反証出来ないのなら進化論は科学ではなく、ただの経験則になりますよ
Re: (スコア:0)
「実際に繁殖している」が「適応している」ことの直接的な証拠でしょう。
そして、「繁殖できなかった」生物たちが数多く存在することも事実です。
繁殖できなかった(絶滅した)生物が多く存在することは、
「生物は環境に適応するよう創造された」という創造論への反証となり、
「どんな生物でも環境に適応できるか?」という淘汰説への反証可能性を示しています。
Re:なんだかなあ (スコア:1)
●裸同然の恰好で生活していたものの、毛皮を身にまとい、アザラシやペンギンなどの脂と染料で作ったものを体に塗っていた(防水と保温のため)。
●パタゴニアの寒く雨風の強い気候では、衣服を身にまとうよりも、裸のほうが火にあたったときに体が温まるのだった。
ということですから、やはり衣服と暖房で寒冷地に適応していたわけですね。
http://guide.arukikata.co.jp/ikemen/2012/04/post-feb0.html [arukikata.co.jp]
Re: (スコア:0)
その議論だと創造論も反証可能で、その観点では科学になりえますが・・・
Re: (スコア:0)
創造説とは異なる進化論の主張は「生物の多様性は環境に適応しながら繁殖するなかで自然発生的に表れてきたものだ」ということでしょう。生物がいまも多様化しつづけている事実、環境に適応していま生きている事実は、争われていないと思いますよ。議論があるのは、生命の起
Re: (スコア:0)
はい、
「神のなさることは人間には分からない」という反証不可能な"逃げ"に入らなければ、
創造論も十分に検証が可能な科学理論足りえます。
しかし、そのように検証すると、否定的な証拠しか見つかりません。
したがって、科学としての創造論は論理的に否定され、
創造論は「神の御心は・・・」という「信じる・信じない」の反証不可能な宗教となります。
反証可能であることは、それが科学の土俵に上がることを許しますが、
それが「科学的に正しい」ことの証明ではありません。
Re: (スコア:0)
Re: (スコア:0)
>反証は簡単で、環境に適応していないような生物が絶滅もせずに
>長く同じ形質を長く維持しているような例が見つかるとか、
それはダメな例だと思うね
生物自体が自然淘汰という環境との相互作用を通して変化していればそれだけで「進化論」の大枠はOK
一見適応して見えるかどうかっていうのは人類の主観が入るので無用な混乱を招くし
どうとでも理由をつけられる可能性があるので、逆に反証可能性を失いかねない
進化論を否定するには多くの種が環境との相互作用ではなく
意図を持って他の知性体?(特に限定はしません)に改変されて作られたという証拠を見つけることだね
※それでもすべての種について進化論的変化を否定することは限りなく困難だと思うけどね…
現にほっといてもDNAは世代間で変化しちゃうんだし