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クローンの誕生」記事へのコメント

  • 人間はソフトが載ってこそ存在意味がある
    とおもってます。
    --
    〜後悔先に立たず・後悔役に立たず・後悔後を絶たず〜
    • by Anonymous Coward
      人間の能力とか記憶は完全に後天的なわけで、それがクローン技術で
      部分的にでもコピーできると思っている連中が多いのは正直言って不思議ですね。

      たとえば映画のエイリアン4なんてほんと変な話で、クローン再生されたリプリーが
      再生される前の記憶を持ってるなんてことは原理的に
      • > 人間の能力とか記憶は完全に後天的なわけで

        記憶はともかく、能力については嘘だ。もちろん、後天的に獲得する能力もたくさんある。でも、そうでないものもある。つまり、「完全に後天的」
        • ##一日見てなかったらずいぶんスレがのびた。

          能力は発揮してなんぼのものです。
          クローニングによって遺伝子レベルでコピー出来るのは資質どまりであり、資質を能力として開花させられるかどうかは生まれた後の志向・環境が決定します。

          WRを保持する短距離ランナーのクローンが生まれても100mを10s以下で走ることが保証されているわけでなく、絶対音感のような先天的資質であってもそれが意識されることが無ければ能力
          --
          〜後悔先に立たず・後悔役に立たず・後悔後を絶たず〜
          • > だからハードの持つ可能性を生かすソフトこそが重要であり
            > しかるべく調整されたソフトが無ければ能力は発現しません。
            > だからあくまで能力は後天的なものだと考えています。

            現実問題として、その比喩に従って言えば、ハードもソフトも両方必要です。努力次第でうんぬん、と言ったところで、努力することができる、という資質に影響されることを知るべきでしょう(その資質がどのくらい遺伝するか解りませんが)。

            その現
            • 機会は不平等だ。人権も平等ではない。
              本質を見逃しているのはあなたの方だと思う。

              資質が認識される、ないし十分な調整を受けることがなければ、
              能力が顕在化することはないと言う現実。
              これは多くの人が目をつぶっている決定的な不平等です。
              本人が努力することができるというのも資質ではなく、
              生まれた後の環境がそれを許容・誘導するからに過ぎません。
              →だから
              --
              〜後悔先に立たず・後悔役に立たず・後悔後を絶たず〜
              • > 本人が努力することができるというのも資質ではなく、
                > 生まれた後の環境がそれを許容・誘導するからに過ぎません。

                資質も含めて環境と呼んでいるのなら正しいです。しかしそれは、私の言っていることと変わりません。

                > 能力が先天的なものだというのは、人の生まれ落ちた環境は等しく
                >
              • 環境と資質は対置して使われることがあっても
                環境が資質を含んで使われることは無いと思うのですが?

                なんでしたら外部要因と内部要因と言い換えても良いです。
                内部要因(資質)が存在しても外部要因(環
                --
                〜後悔先に立たず・後悔役に立たず・後悔後を絶たず〜
              • > 内部要因(資質)が存在しても外部要因(環境)がそろわなけれ
                > ば、結果(能力)は発現しない。従って能力は後天的である。

                裏を返すと、外部要因(環境)がそろっていても、内部要因(資質)が存在していなければ、結果(能力)は発現しない(場合もある)。つまり、能力は完全に後天的ではない、ですね。
                イデオロギーに歪められない見方をすれば、上のbochi-bochiさんの意見も、私の意見もともに正しいと言えます。というか、
              • いくら何でも、嘘つき呼ばわりまでして否定した、
                能力が完全に後天的であるという論旨を自分の意見が
                含有しているという主張は見苦しいと思います。

                ま、ラエリアンの発表はやはりガセくさいというニュースも
                流れはじめたことですし、このへんにしておきましょう。
                --
                〜後悔先に立たず・後悔役に立たず・後悔後を絶たず〜
                親コメント
              • > いくら何でも、嘘つき呼ばわりまでして否定した、
                > 能力が完全に後天的であるという論旨を自分の意見が
                > 含有しているという主張は見苦しいと思います。

                そうではありません。私の言う「能力は完全に後天的ではない」は、bochi-bochiさんの言う「内部要因(資質)が存在しても外部要因(環境)がそろわなければ、結果(能力)は発現しない」(A)を含んでいる、と言っているのです。

                ただし、bochi-bochiさんは、Aから、間違った結論「(すべての)能力は後天的である」を導き出しています。Aから直接導き出される結論は、正しくは、「能力は後天的なものの影響も受ける」です。
                Aの文言をイデオロギーを排して読めば、先天的な資質と能力の関係と、後天的な環境と能力の関係は同じです。もし、環境と能力に着目して「能力は後天的(なものの影響も受ける)」と言えるのなら、同様に資質と能力に着目して「能力は先天的(なものの影響も受ける)」とも言えるはずです。当然、資質と能力に着目して「能力は完全に後天的ではない」とも言えるし、環境と能力に着目して「能力は完全に先天的でない」とも言えます。
                しかし、「能力は完全に後天的」とか「能力は完全に先天的」と言う結論を導き出すのは間違いです。

                平等を目指すというイデオロギーが悪いとは言いません。しかし、そのイデオロギーによって現実を歪めて捉えるbochi-bochiさんの姿勢は、間違っています。
                親コメント

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