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国連食糧農業機関が「昆虫は有望な食料」という報告書をまとめる」記事へのコメント

  • 昆虫食の習慣のない人は見た目に拒否感を覚えて食べられないことが多いと思います。私の場合祖母の実家から送られてくるイナゴの佃煮を食べて育ちましたのでイナゴに拒否感はないんですが、ハチノコとかザザムシは無理です。韓国でポンデギ(蚕の蛹の煮物)を勧められた時も見た目と慣れない臭いで無理でした。

    昆虫食の習慣がない所では、いくら栄養学的に素晴らしいと説かれても心理的な壁があるんじゃないでしょうか。ろくに食べる物がなく何でも食べる覚悟に追い詰められている貧しい国ならこれから普及させることができると思いますが。先進国では普及は難しいと思います。
    # そのままの見た目じゃなくて原形が分からないほどに加工すれば障壁は下がるかも。
    • そこで「見た目が嫌」とは言わない国連機関って、大人なんだなあと思った。

      • 見た目で言えば、蝦・蟹・蝦蛄・醤蝦に似てるよね。字にも虫が入ってるし。
        見た目より、習慣の問題じゃないかと思うね。
        あるいは、水棲のものには抵抗を感じにくい、とか。

        • by Anonymous Coward

          習慣というか、単に採取するのが割に合わないから食べないだけでしょう。肉や魚は大抵どこでも食べる訳ですし。

          • 習慣というか、単に採取するのが割に合わないから食べないだけでしょう。

            それは、鶏と玉子問題みたいなもんじゃないかな。
            食べる習慣があれば、価値が生まれる。採取するコストを上回るかもしれない。あるいは、養殖も可能だろう。
            食べる習慣が無ければ、価値は生まれないし、採取するコストを上回ることもないし、養殖されることもない。

            そう言う食べ物はたくさんある。つまり、ある地域では食べるから獲るけど、別の地域では獲らない、とか。その一例が、あぶってかも(和名:スズメダイ)で、本州以南のどこにでも居る魚だけど、これを食べるのは、福岡市の辺りだけ。他の地域では割に合わないので獲らない。当然、食べられることもない。
            実際に食べると、小さいし、鱗や骨は固いし、食べるところも少ないので、「採取するのが割に合わない」という判断も十分あり得る。
            でも、福岡市周辺では獲るし、食べる。当然割にあっているから、継続して流通しているわけだ。

            • by Anonymous Coward

              価値の問題ではなくて、エネルギー効率の話ですよ。
              昆虫を集める為に人間が消費するエネルギーと、昆虫を食べて人間が得るエネルギーの比は、
              動物や魚を狩猟するより悪いのではないかと、一匹や二匹では腹は膨れない訳ですし、
              イナゴやカイコのように大量に手に入るなら、別ですが、

              • 価値の問題ではなくて、エネルギー効率の話ですよ。

                エネルギー効率だけで食は語れないんじゃない?

                たとえば、蒟蒻。エネルギー効率の観点から、これをどう考える?

                エネルギー効率で考えるなら、それこそ蛆虫食は、低コストで大量生産できるので、悪くないだろうけど、少なくとも現状では受け入れられてないよね。

                昆虫を集める為に人間が消費するエネルギー

                その辺りは、工夫でどうにかなる場合も多いんじゃないかなあ。
                問題は、食べる習慣が無いため、価値が発生せず、コストに合わない、ってことでは? あるいはそれを逆に考えて、コストに合わないため、

              • by Anonymous Coward

                蒟蒻は、蒟蒻芋の粉末から、わざわざデンプンを抜いて作るわけでして、
                蒟蒻芋からエグみ取る過程で出来た副産物でしょう。
                それに蒟蒻のような一食材としてなら昆虫も食べられてますよ。

                虫は、魚や動物の様に年中取れるとも限らず、穀物や芋の様に日持ちもしないので、
                主要なタンパク源としては難がある場合が多いでしょう。
                飼育すればと言う話は、人間が虫を食料として認識している必要があります。利用価値の無いものを飼育する訳はないので、
                単に虫はそこまでの手間を掛けるほどの重要な食料ではなかっただけです。

              • 蒟蒻は、蒟蒻芋の粉末から、わざわざデンプンを抜いて作るわけでして、蒟蒻芋からエグみ取る過程で出来た副産物でしょう。

                意味不明。
                わざわざそうやって費やしたエネルギーと、食べて人間が得るエネルギーの比は、どうなの? エネルギー効率だけを考えるなら、そうやる価値は無い、と結論づけられるのでは?

                虫は、魚や動物の様に年中取れるとも限らず、穀物や芋の様に日持ちもしないので、

                なんつーのかな。もう少しよく考えれば、いろんなケースがあるのは判るよね。
                魚は年中獲れるとは限りません。季節によって獲れる・獲れないがある魚は珍しくないね。
                動物って言うのは、牛・豚・鶏の様な家畜ばかりではないね。ジビエは、野性の鳥獣を食うことだけど、これも年中獲れる訳ではない。
                でも、獲るし食べる。

                虫にしたって、一種類の虫だけに注目すれば、年中獲れるということは無いかもしれない。でも、養殖したり、複数の虫を組み合わせて考えれば

              • by Anonymous Coward

                >魚は年中獲れるとは限りません。

                へー、君はいまだに狩猟の世界に生きてるんだね。僕たちの世界では養殖とかあってほぼ年間を通じて供給されているけどね。

                >ジビエは、野性の鳥獣を食うことだけど

                食うこと、じゃないよ。ちゃんと勉強してから知ったかぶりしよーね。

                >飼育すればと言う話は、人間が虫を食料として認識している必要があります。

                >どんなにエネルギー効率が良かろうとも、食料として利用されないものもあるし、どんなにエネルギー効率が悪かろうと、食料として利用されるものもある。つまり、食をエネルギー効率だけで語ることはできない。

                日本だと、古

              • by Anonymous Coward on 2013年05月17日 11時15分 (#2382060)

                >>魚は年中獲れるとは限りません。
                >へー、君はいまだに狩猟の世界に生きてるんだね。僕たちの世界では養殖とかあってほぼ年間を通じて供給されているけどね。

                魚は家畜と比べたら季節性が強い。養殖でも年中好きな時に出荷できる魚種や貝はまれ
                (例:ほとんど全量が養殖で牡蠣は年中食えるが、漁場からの出荷は冬のみ(岩ガキ除く))

                年中食えるのは養殖よりも冷蔵・冷凍技術のおかげ。
                蟲も冷凍食品にする価値が出れば養殖⇒冷凍⇒年中食する、という形はとれるだろう。

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