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工学部の学生は人文科系の科目を学ぶべき」記事へのコメント

  • この前、大学の先生と飲む機会がありましたが、
    その先生は「3,4回生こそ教養科目をとるべきだ」と
    自説を述べておられました。
    「1,2回生の教養科目だと、そこで終わりだから」と。
    なるほどなと思いました。
    理系文系問わず、勉強は一生するものだと
    思う私は、同感しました。

    • by Anonymous Coward

      わかりませんでした。
      「そこで終わり」とは、そこで勉強することをやめるという意味でしょうか。
      それを2年ずらすことで止めなくなる理由はなさそうに思います。
      皮肉とかでなくて意味がわからなくてもやもやしているので、ぜひ説明してほしいです

      • >「そこで終わり」とは、そこで勉強することをやめるという意味でしょうか。
        その通りです。

        あとは、発言した先生本人ではないので、正確には説明できないのですが、私の理解した範囲で説明します。
        先生は、「教育・学問のタコツボ化」を危惧されていました。専門化しすぎて、「隣は何をする人や」状態になってはいけない。現在の教養教育は、主に1,2回生で終わってしまっているのが、一つの原因ではないか?
        逆に、3,4回生から教養教育を始めた方が、タコツボ化を防ぐ手段になるのでは?というアイデアだと思います。
        もちろん、新入生から卒業まで、教養教育を受けるのが望ましいと思います。
        2年ずらすことの意味は、専門教育と教養教育との相乗効果を狙った意味もあるのかなと思います。
        (教養の)勉強をやめてしまう方は、どんな教育システムでもいるので、それはしかたがないと思います。

        • by Anonymous Coward

          タコツボ結構。それを専門にする人はそうでなきゃ。

          その人が専門以外の勉強をしているかどうかはその人の人間的魅力には影響するだろうけど、
          その人の専門的能力には影響しない。逆に、そうでないならそんなものは専門的分野じゃないんだよ。

          • その人の専門的能力には影響しない。

            理論物理学者の湯川秀樹の場合はあてはまらないような。
            影響しないとは必ずしも言い切れないでしょう。
            漢学が家業みたいな一家の生まれ育ちだから専門が2本立てといって良いくらい。
            だから彼を引き合いに出すのはずるといわれればそれまでですが。

ソースを見ろ -- ある4桁UID

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