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eの有無に限らず、スポーツというのは興行だと思います。「社会的価値」というのは数の暴力であって、認知している人が多ければそれだけ価値が認められる。ですので、社会的価値を高めたいなら、プレイ人口を増やすことと、見た目の分かりやすさに配慮することが重要でしょう。
それだけに、インタビューで「キャラクター性の排除」に言及しているのを見て驚きました。「プレイしているのは人間だからそちらにフォーカスさせたい」という意見は理解できる。でもゲームというのはインゲーム画面を観なければ始まりません。そこがリアルスポーツとは大きく異なる点です。素体同士が戦っているところを見て、ゲームに興味を持たない門外漢が足を止めてくれるでしょうか。その点において、外見的に個性付けされたキャラクターのほうがより良いはずです。
視聴者の興味をプレイヤーにフォーカスさせたいのであれば、プレイヤーに独自のキャラクターモデルを作らせることは有効でしょう。それによって、プレイヤーとキャラクターをイコールに近づけることができる。EF-12であればそのようなことも可能でしょう。ですがそういうことを言っているようでもなく、ちょっと考え方がストイックすぎるように思います。
視聴者の興味をプレイヤーにフォーカスさせたいのであれば、プレイヤーに独自のキャラクターモデルを作らせることは有効でしょう。
果たして独自のキャラクターモデルに、そこまでに魅力があるか、って話ですよね、多分。「スポーツは興行」の言葉がまさにそうで、時として見栄えなんかも要求されますから。反射神経や操作技術、読み合いなどの「ゲーマーとしての技術」が高いプレイヤーが、必ずしも魅力的なキャラクターモデルを作れるとは限りません。たとえば最近だと「ファンタシースターオンライン2」が、キャラクターメイキングの自由度がやたら高く、当面、他のネットゲームは追いつけないんじゃないかなぁ、と思える出来なのですが、それでも、遊んでいて見た目だけで「これは凄い」って思わせるキャラクターにはあまり出会えないです。プレイヤーとして技術が高い人も散見はされますが、見ているだけでワクワクする、という程の人はそうそう居ないので……。もっとも、これは(ラグを前提とした部分があり大味になってる)ゲームの仕様の問題でもあるのでしょうけど。これだけプレイヤーが居ても、その両方を兼ね備えるような人なんて居るんでしょうか、と考えちゃうんですよね。
あと、アバターだけ作れても、この「EF-12」で果たして動きがどこまで広げられるのか、というのも疑問です。多かれ少なかれゲームのキャラクターって「記号化」ですから、外見と動きがあってることも要求されると思うんです。ストリートファイターⅡの春麗みたいなアバターを作った人が、動作はブランカで敵に噛みついてました、なんて話になったら観客はどん引きするだけだと思いますし。カスタマイズしてオリジナリティを持たせられることって、逆にそういう不一致のデメリットを抱え込んじゃう可能性もあるので……何というか本当に、「使いこなせる人が限定されすぎて失敗するツール」になりそうですね、という感想しか。
キャラクターモデルについては、プロゲーマーになればスポンサーから金が出て外注できるかなと考えていました。例えばウメハラであれば、ウメハラが独自のキャラクターモデルを持っていて、それがファイトスタイル(既存のゲームで言えばキャラクター)を変えてくるという感じ。そうすれば視聴者はウメハラ本人と、実際目にするゲーム上のキャラクターをとりわけて区別する必要がなくなり、感情移入しやすくなるかなあと。
とはいえ仰るとおり、モデルと挙動の齟齬については懸念がありますね。極端な話、見ただけでは何をしているか分からないおかしなモデルを作ってしまえる。FPSでもキャラクターのスキンを蛍光色にして識別しやすくするといった手法が問題視されたことがあります。
総体的な懸念についてはほぼ同じことを考えていました。プレイヤーにゲームをプレイする以外の能力を求めることは、競技性からの逆走に他なりません。しかし改めてインタビューを読んでみたのですが、どうも小野口氏はそう考えてはいないようです。インタビュー中の表現を借りれば「1からF1マシンを作ってレースすれば公平じゃないか」といった旨の思想が窺える。確かに公平ではあるでしょうが……それはちょっと違うんじゃないかなあと思いますよね。
> 果たして独自のキャラクターモデルに、そこまでに魅力があるか、って話ですよね、横からですまんが、それは違うかと。
何で格ゲにキャラが必要なのかというと、殴り合いのケンカということ事態が文化的コードから外れたかなり精神的にキツいことだからじゃないかなと。
戦う理由の説明として、撃ち合いのFPSでは米兵とテロリストの制服程度で良かったのが、反撃の余力を全く失うまで相手を殴る、刃物で刺す、首を絞める、抱え上げて頭からアスファルトに叩き付ける・・・といった所までの関係となると余程の関係という事になる。だから格ゲのキャラも、現実の格闘家やケンカ屋も、人物像が濃くなる。濃くならねばならない。
つか、キャラ不在だとプレイヤーがリアルファイトを始めるでしょ。
なんのためにルールがあると思っているんだろう?
なんでひとりで全部やらないといけないのかな。
プロなら、プレイヤー、マネージャ、キャラクタモデリング、コーチなど、「チーム」化が進むンじゃないかと思う。
アマチュアでも、プレイヤーとキャラクタモデリングが、チーム的に結びついて解決じゃないかと。
@プロチームなら演技指導も必要かもしれない。
スポーツでも野球とかより、ボクシングなどを想定すればいいかと。スポーツとして格闘技やってた人は少ないでしょう。しかし格闘技を観戦はできる。
そこで重要なのは、イケメン/可愛いボクサーボクサーでしょうか?いや、ボクサー本人のキャラクタでしょう。
そこを、出来合いのアニメ風キャラにこだわらず、プレイヤーが作る事が出来ればいいんではないかと。別にキャラクタ画像が素体や出来合いでも、プレイスタイルとかセリフなどにオリジナル風味があればいいわけです。
有名なボクサーの存在を知って、そこから入るという経路は少なくはないとは思います。ですがそのあとシーンを見続けるとしたら、それは「実際に人同士が殴り合う」という点に惹かれるのではないかなと。それで重要なのは、人と殴り合うのはそれだけですごい、ということが誰にとっても自明なところです。
ゲームでは、すごいのかどうなのか画面を見ただけで分かりづらい。これを知らしめるには、実際にそのゲームをプレイしてもらうのが一番です。ですので、プレイするためのハードルというのは下げれば下げるほどいい。キャッチーな見た目しかり、参入障壁の低さしかり。
EF-12はそういった現実的な面からそっぽを向いて、過剰な公平さやコアプレイヤー向きの仕様の整備に尽力しているように思えます。
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「毎々お世話になっております。仕様書を頂きたく。」「拝承」 -- ある会社の日常
ストイックすぎる (スコア:2)
eの有無に限らず、スポーツというのは興行だと思います。
「社会的価値」というのは数の暴力であって、認知している人が多ければそれだけ価値が認められる。
ですので、社会的価値を高めたいなら、プレイ人口を増やすことと、見た目の分かりやすさに配慮することが重要でしょう。
それだけに、インタビューで「キャラクター性の排除」に言及しているのを見て驚きました。
「プレイしているのは人間だからそちらにフォーカスさせたい」という意見は理解できる。
でもゲームというのはインゲーム画面を観なければ始まりません。
そこがリアルスポーツとは大きく異なる点です。
素体同士が戦っているところを見て、ゲームに興味を持たない門外漢が足を止めてくれるでしょうか。
その点において、外見的に個性付けされたキャラクターのほうがより良いはずです。
視聴者の興味をプレイヤーにフォーカスさせたいのであれば、プレイヤーに独自のキャラクターモデルを作らせることは有効でしょう。
それによって、プレイヤーとキャラクターをイコールに近づけることができる。
EF-12であればそのようなことも可能でしょう。
ですがそういうことを言っているようでもなく、ちょっと考え方がストイックすぎるように思います。
Re:ストイックすぎる (スコア:1)
果たして独自のキャラクターモデルに、そこまでに魅力があるか、って話ですよね、多分。
「スポーツは興行」の言葉がまさにそうで、時として見栄えなんかも要求されますから。
反射神経や操作技術、読み合いなどの「ゲーマーとしての技術」が高いプレイヤーが、必ずしも魅力的なキャラクターモデルを作れるとは限りません。
たとえば最近だと「ファンタシースターオンライン2」が、キャラクターメイキングの自由度がやたら高く、当面、他のネットゲームは追いつけないんじゃないかなぁ、と思える出来なのですが、それでも、遊んでいて見た目だけで「これは凄い」って思わせるキャラクターにはあまり出会えないです。
プレイヤーとして技術が高い人も散見はされますが、見ているだけでワクワクする、という程の人はそうそう居ないので……。もっとも、これは(ラグを前提とした部分があり大味になってる)ゲームの仕様の問題でもあるのでしょうけど。
これだけプレイヤーが居ても、その両方を兼ね備えるような人なんて居るんでしょうか、と考えちゃうんですよね。
あと、アバターだけ作れても、この「EF-12」で果たして動きがどこまで広げられるのか、というのも疑問です。
多かれ少なかれゲームのキャラクターって「記号化」ですから、外見と動きがあってることも要求されると思うんです。
ストリートファイターⅡの春麗みたいなアバターを作った人が、動作はブランカで敵に噛みついてました、なんて話になったら観客はどん引きするだけだと思いますし。
カスタマイズしてオリジナリティを持たせられることって、逆にそういう不一致のデメリットを抱え込んじゃう可能性もあるので……何というか本当に、「使いこなせる人が限定されすぎて失敗するツール」になりそうですね、という感想しか。
Re:ストイックすぎる (スコア:2)
キャラクターモデルについては、プロゲーマーになればスポンサーから金が出て外注できるかなと考えていました。
例えばウメハラであれば、ウメハラが独自のキャラクターモデルを持っていて、それがファイトスタイル(既存のゲームで言えばキャラクター)を変えてくるという感じ。
そうすれば視聴者はウメハラ本人と、実際目にするゲーム上のキャラクターをとりわけて区別する必要がなくなり、感情移入しやすくなるかなあと。
とはいえ仰るとおり、モデルと挙動の齟齬については懸念がありますね。
極端な話、見ただけでは何をしているか分からないおかしなモデルを作ってしまえる。
FPSでもキャラクターのスキンを蛍光色にして識別しやすくするといった手法が問題視されたことがあります。
総体的な懸念についてはほぼ同じことを考えていました。
プレイヤーにゲームをプレイする以外の能力を求めることは、競技性からの逆走に他なりません。
しかし改めてインタビューを読んでみたのですが、どうも小野口氏はそう考えてはいないようです。
インタビュー中の表現を借りれば「1からF1マシンを作ってレースすれば公平じゃないか」といった旨の思想が窺える。
確かに公平ではあるでしょうが……それはちょっと違うんじゃないかなあと思いますよね。
Re:ストイックすぎる (スコア:1)
> 果たして独自のキャラクターモデルに、そこまでに魅力があるか、って話ですよね、
横からですまんが、それは違うかと。
何で格ゲにキャラが必要なのかというと、殴り合いのケンカということ事態が文化的コードから外れたかなり精神的にキツいことだからじゃないかなと。
戦う理由の説明として、撃ち合いのFPSでは米兵とテロリストの制服程度で良かったのが、
反撃の余力を全く失うまで相手を殴る、刃物で刺す、首を絞める、抱え上げて頭からアスファルトに叩き付ける・・・といった所までの関係となると余程の関係という事になる。
だから格ゲのキャラも、現実の格闘家やケンカ屋も、人物像が濃くなる。濃くならねばならない。
つか、キャラ不在だとプレイヤーがリアルファイトを始めるでしょ。
Re: (スコア:0)
なんのためにルールがあると思っているんだろう?
Re: (スコア:0)
なんでひとりで全部やらないといけないのかな。
プロなら、プレイヤー、マネージャ、キャラクタモデリング、
コーチなど、「チーム」化が進むンじゃないかと思う。
アマチュアでも、プレイヤーとキャラクタモデリングが、
チーム的に結びついて解決じゃないかと。
@プロチームなら演技指導も必要かもしれない。
Re: (スコア:0)
スポーツでも野球とかより、ボクシングなどを想定すればいいかと。
スポーツとして格闘技やってた人は少ないでしょう。
しかし格闘技を観戦はできる。
そこで重要なのは、イケメン/可愛いボクサーボクサーでしょうか?
いや、ボクサー本人のキャラクタでしょう。
そこを、出来合いのアニメ風キャラにこだわらず、プレイヤーが作る事が出来ればいいんではないかと。
別にキャラクタ画像が素体や出来合いでも、プレイスタイルとかセリフなどにオリジナル風味があればいいわけです。
Re:ストイックすぎる (スコア:2)
有名なボクサーの存在を知って、そこから入るという経路は少なくはないとは思います。
ですがそのあとシーンを見続けるとしたら、それは「実際に人同士が殴り合う」という点に惹かれるのではないかなと。
それで重要なのは、人と殴り合うのはそれだけですごい、ということが誰にとっても自明なところです。
ゲームでは、すごいのかどうなのか画面を見ただけで分かりづらい。
これを知らしめるには、実際にそのゲームをプレイしてもらうのが一番です。
ですので、プレイするためのハードルというのは下げれば下げるほどいい。
キャッチーな見た目しかり、参入障壁の低さしかり。
EF-12はそういった現実的な面からそっぽを向いて、過剰な公平さやコアプレイヤー向きの仕様の整備に尽力しているように思えます。