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ナニゲにアレゲなのは、ナニゲなアレゲ -- アレゲ研究家
拳は口から (スコア:1)
>しかし、いちいちそれらを説明していっては、
>膨大な量の情報を伝達しなくてはいけない。
>そこで、型が産まれる。
>型は、抽出し凝集された情報であり"気づき"の産物である。
>例えば太極拳の一連の動きのなかには一通りの動作が全て含まれている。
>一方で型は利用者にも気づきを要求する。
>型は雛型であって、実際ではないからである。
発見してしまったのでSS1さんとのJournal Discussionにもリンクしておきました。
で、「型は雛型であって、実際ではない」というのは正しいです。
そして、型だけではダメなんですよね。
型は最終形の一つに過ぎないので、技の原理原則を理解しておく必要があるのです。
そのために「膨大な量の情報」を口訣で伝達するわけです。
たとえば「古武術とオートバイ…(2)」で話題に上がった
足の捻り込みによるタメなんて、聞けば「なんだ、そんな簡単なことか」と思うことであるけれど、
その趣旨を聞かなくては気付くことすらできません。
「拳は口から」という言葉はそういう意味なのです。
その原理、用法を理解していないと型だけでは使い物にならないのです。
逆に理解していれば、型にとらわれる必要はなくなってきます。
>そもそも武術でいう得物が、短いスパンで変わってしまうからというのもある。
武術でも技の型の改変、用法変化はよくあることです。
しかし、大元の原理、用法を理解してさえいれば、
技の改変があったとしてもその趣旨を理解できるわけです。
# バイクのライディングは判らないのでパス。