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内閣府、婚活イベントへの支援を検討」記事へのコメント

  • 団塊の次に大きい人口の塊の第二次ベビーブーマーをほったらかしにして残りカスみたいな人口の若年層の結婚を支援してもねえ…。
    どうすんのさ第二次ベビーブーマーは子供が望めない中年になったのに半分以上が結婚してないよ。
    こいつらが老人になったら団塊の時以上の地獄が待ってるよ。その頃にはまだ団塊まで生き残ってるしさ。
    • by Anonymous Coward on 2013年10月08日 16時59分 (#2473759)

      こいつらが老人になったら団塊の時以上の地獄が待ってるよ。

      正に地獄絵図だよね。
      別に社会が悪いとか自分は悪くないとは言いたくないけどね。
      団塊ジュニア(のうちでも特に後ろのほうかな)は、ハシゴを外された世代とも言えると思うんですよ。

      子どもの頃には「父親は終身雇用で働いて定年がきたらそれなりの退職金をもらって引退して。母親は専業主婦で。引退後は退職金と年金で、子どもの世話にはならずに老後を過ごす」そういうモデルを見せつけられて。あるいは理想として求めさせられて。ボクだってアタシだって、会社に入って仕事を覚えれば年功序列でそれなりの賃金上昇カーブが期待できて。そして、そうなるためには何が(=学歴)必要かを追い求めて。
      さぁ、いざ社会に出て、子どもの頃に刷り込まれた昭和のモデルケースのような人生を送るぞ、と思ったあたりで何かが変わりはじめた。

      「それさえあれば」と言われ続け、信じさせられて一生懸命積み重ねてきた学歴で箔が付くかと思っていたら「これからは実力主義だ」と、就職前からスキルを身につけてくることを期待され。
      実力主義という建前の元に、年功序列での賃金上昇は夢のまた夢。
      自分自身の終身雇用はもとより、父親の終身雇用も崩れ去り。
      引退できない父親世代は世の中にはびこり(笑)続け、家計が苦しいからと母親までもが労働力として労働市場に参戦してくる。
      労働市場のパイは減り、将来の安定はなくなり、残るのは自らの苦しい家計+老いた両親の苦しい家計。
      増え続ける社会保障の負担はあれども、さてそれでリターンが期待できるかと言われれば、口をついて出るのは不安を具現化した言葉ばかり。
      自分自身の将来への蓄え+老いた両親のことも少しは考えて…上ばかり見ているうちにこの歳ですよ。
      子どもだの何だのと、下を見る余裕なんてないじゃないですか。
      (挙げ句に生活必需品やエネルギー価格は上がり、増税も決まったけど、じゃぁそれ以上に賃金が上がるのかと言われれば、その原資が生まれるような(需要増に由来するような良性の)インフレではないことに殆どの人は気付いているわけで…)

      子どもの頃に思い描き、そこに向けて準備をしてきた社会が消え去ってしまった(=ハシゴを外された)ばかりか、引退して競争社会のライバルではなくなるはずだった+引退後の面倒を見る必要がなかったはずの両親世代までが将来不安の原因となり続ける(=アタマまで押さえつけられている…)。あたかもそこに分厚い二枚の壁が立ちはだかっているかのように。
      ある種、諦念のようなものが漂っている感もあると思うんですよ。自身の人生ばかりではなく、世の中に対しても。
      そういう中で、新たに自分の家族を持ち、将来を夢見ることを幸せだと思うことができるのか。
      そこまで考えて施策をうつ必要があるんじゃないかと思いますよね。

      まぁ確かに、時代の変化と言えば、時代の変化なんですよ。普通の時代の流れ。時の流れ。
      それに取り残されたり、乗り切れなかったりするヤツに責任がないとは言いません。
      誰が悪いわけでもなく、そういう時代だったんです。
      でもね。自分もそういう変化のまっただ中にいたらどうだろう、ってことは考えておきたいわけです。
      後から、俯瞰的にものを見て論評することは簡単だけど、じゃぁ、自分がその変化の中にいるときに何が出来るのか。何が出来たのか。
      逆に、後からだからこそ、現象を俯瞰的に見ることが出来るからこそ、何が出来るのか。何か出来ることはあるのか。

      出来なかったことを悔やんでいても仕方がないわけですから。
      「過去を踏まえた上で」、じゃぁ、何が出来るのか。
      ストーリーの本題に戻れば、上のような世代やもっと下の世代の「結婚」というものに対する認識を調べることもせずに(調べた上で、認識を変えるような努力もせずに)、ただ闇雲に「婚活させよう」としたって、誰も見向きもしないんじゃないかと思いますね。
      上に挙げたような、団塊ジュニア世代以降の世代が当たり前だと思っている「核家族モデル」という、個々人にとって限りなく心地よい代わりにコストの掛かるモデルをどうやって変えていくのか。或いは変えないのか。そして核家族化によって生まれた「家に縛られない」という結婚観を変えることは必要なのか必要ではないのか(結婚という、他家との関わり合いが必然的に発生する事象に対して及び腰になるのも、都市化/核家族化による濃い目の人付き合いの減少が理由にあるんじゃないかとも思いますが)。
      とまぁ、出会いよりも先に考えることは沢山あるような気がします。

      #「こいつら」呼ばわりされてちょっと腹が立ったので長文。失礼。

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