アカウント名:
パスワード:
日本語で英語を学ぶってのをやめて、45分でも60分でも、完全に英語しかない部屋で目に入るものも英語、聞こえるのも英語、思考の中身も英語で勉強しなきゃ意味ないですよ。
それをしない英語学習なんて、それこそいつだってできます。学生にやらせる理由があんましありません。
>完全に英語しかない部屋で>目に入るものも英語、聞こえるのも英語、思考の中身も英語で勉強しなきゃ意味ないですよ。
と言ってる人はいるけど、そういうことしなくてもビジネス会話くらいはできるようになったけどな。
英語教育の目的は何か、ですよね。
私も米国のカンファレンスで知り合ったエンジニアと技術論や芸術論を交わしたり、メールでやりとりしたりはできますが、日常生活はまるでできる気がしません。一方で、人生の半分を英語圏で過ごした義兄は、日常会話は不自由ありませんが、ラテン語の警句や古典の引用なんかは通じません。
明治時代の英語教育は、先進的な英語の本を読めるように読解に重きをおいたカリキュラムになっていたようですが、小学生から英語を教えて、どういうことができるようになってほしいのでしょうか?
カンファレンスで知り合ったエンジニアと技術論や芸術論を交わしたり
憧れる……。
カンファレンスに来るような米国人は教養のある層の人ですから、相手を尊重するというようなことができる社会的にもデキた人たちです。だから表現がかなりおかしかろうが、何を言わんとしているのかを推定して会話に集中してくれます。しかしそういうことは例えばマクドナルドの店員には期待できず、ちょっと発音がおかしいともう理解してくれなくなります。チップのあるようなレストランならチップの額に影響するので一所懸命にこちらの意図を汲もうとしてくれることもありますけどね。
確かに、お仕事で話すような相手との会話は(それがスポーツの話題みたいな雑談でも)あまり困りませんが、そうでない相手との会話は難しいですよね。
海外(とくにアメリカ合衆国)でファストフードの店員や駅員に話しかけるときには、なるべく"Yes" "No"で相手が返事できるように一生懸命文章を考えてから話しかけたりしてました。
>明治時代の英語教育そもそも、元々はヨーロッパでも翻訳法(Grammar-translation method [wikipedia.org])が主流でした。直接法(Direct Method [wikipedia.org])が確立されたのは、1900年頃のドイツとフランスらしいので、明治時代の教育が翻訳法なのは当然かと。
台湾・朝鮮・満州などでの日本語教育には、直接法(Direct Method)が用いられたらしいです。
それが先に決まらないと、というか決めないとおかしいよね外国からの観光客相手の商売で喰ってる人が大勢いて「ねえちゃん、イイ土産物あるよ、安いよ、安いよ」といったたぐいの商業(?)英語が必要なのか、あるいは身近なネイティブでは無い外人相手に道案内や簡単な日本文化紹介が出来ればよいのか、はたまた高尚な文学作品を読めるようにしたいのか....
>一方で、人生の半分を英語圏で過ごした義兄は、日常会話は不自由ありませんが、ラテン語の警句や古典の引用なんかは通じません。
日本語の高級語彙は日本人なら誰でも漢字の字面で何となく理解できるが、ギリシャ語・ラテン語由来の高級語彙の知識がないから無教養な、というかそういう語彙を使う必要のある議論など出来ない外国の一般人は多いという話は聞いたことがあるな
10歳から(日本語による授業で)英語を習って、大学3年で英検1級とりました。日本語の新聞とほぼ同じように、英語の新聞を暇つぶしに辞書なしで読むことができます。
フランス語はフランス人講師によるダイレクトメソッドで5年やりました。会話表現は(英語よりも)するっと口から出ますが、新聞はよほど必要な時に身構えて読む程度です。
ダイレクトメソッドにも良い点はたくさんありますが、それだけで外国語ができるようになるというのは幻想でしょうね。
より多くのコメントがこの議論にあるかもしれませんが、JavaScriptが有効ではない環境を使用している場合、クラシックなコメントシステム(D1)に設定を変更する必要があります。
日々是ハック也 -- あるハードコアバイナリアン
最低限の条件として (スコア:1)
日本語で英語を学ぶってのをやめて、
45分でも60分でも、
完全に英語しかない部屋で
目に入るものも英語、聞こえるのも英語、思考の中身も英語で勉強しなきゃ意味ないですよ。
それをしない英語学習なんて、それこそいつだってできます。
学生にやらせる理由があんましありません。
Re: (スコア:1)
>完全に英語しかない部屋で
>目に入るものも英語、聞こえるのも英語、思考の中身も英語で勉強しなきゃ意味ないですよ。
と言ってる人はいるけど、そういうことしなくてもビジネス会話くらいはできるようになったけどな。
Re:最低限の条件として (スコア:5, 興味深い)
英語教育の目的は何か、ですよね。
私も米国のカンファレンスで知り合ったエンジニアと技術論や芸術論を交わしたり、メールでやりとりしたりはできますが、
日常生活はまるでできる気がしません。
一方で、人生の半分を英語圏で過ごした義兄は、日常会話は不自由ありませんが、ラテン語の警句や古典の引用なんかは通じません。
明治時代の英語教育は、先進的な英語の本を読めるように読解に重きをおいたカリキュラムになっていたようですが、
小学生から英語を教えて、どういうことができるようになってほしいのでしょうか?
Re:最低限の条件として (スコア:2)
憧れる……。
640GBはすべての人にとって未来永劫充分なメモリだ。
Re:最低限の条件として (スコア:3, 興味深い)
カンファレンスに来るような米国人は教養のある層の人ですから、
相手を尊重するというようなことができる社会的にもデキた人たちです。
だから表現がかなりおかしかろうが、何を言わんとしているのかを推定して会話に集中してくれます。
しかしそういうことは例えばマクドナルドの店員には期待できず、ちょっと発音がおかしいともう理解してくれなくなります。
チップのあるようなレストランならチップの額に影響するので一所懸命にこちらの意図を汲もうとしてくれることもありますけどね。
Re: (スコア:0)
確かに、お仕事で話すような相手との会話は(それがスポーツの話題みたいな雑談でも)あまり困りませんが、そうでない相手との会話は難しいですよね。
海外(とくにアメリカ合衆国)でファストフードの店員や駅員に話しかけるときには、なるべく"Yes" "No"で相手が返事できるように一生懸命文章を考えてから話しかけたりしてました。
Re:最低限の条件として (スコア:2, 参考になる)
>明治時代の英語教育
そもそも、元々はヨーロッパでも翻訳法(Grammar-translation method [wikipedia.org])が主流でした。
直接法(Direct Method [wikipedia.org])が確立されたのは、1900年頃のドイツとフランスらしいので、明治時代の教育が翻訳法なのは当然かと。
台湾・朝鮮・満州などでの日本語教育には、直接法(Direct Method)が用いられたらしいです。
Re:最低限の条件として (スコア:2)
Re: (スコア:0)
それが先に決まらないと、というか決めないとおかしいよね
外国からの観光客相手の商売で喰ってる人が大勢いて「ねえちゃん、イイ土産物あるよ、安いよ、安いよ」といったたぐいの商業(?)英語が必要なのか、あるいは身近なネイティブでは無い外人相手に道案内や簡単な日本文化紹介が出来ればよいのか、はたまた高尚な文学作品を読めるようにしたいのか....
>一方で、人生の半分を英語圏で過ごした義兄は、日常会話は不自由ありませんが、ラテン語の警句や古典の引用なんかは通じません。
日本語の高級語彙は日本人なら誰でも漢字の字面で何となく理解できるが、ギリシャ語・ラテン語由来の高級語彙の知識がないから無教養な、というかそういう語彙を使う必要のある議論など出来ない外国の一般人は多いという話は聞いたことがあるな
Re: (スコア:0)
10歳から(日本語による授業で)英語を習って、大学3年で英検1級とりました。日本語の新聞とほぼ同じように、英語の新聞を暇つぶしに辞書なしで読むことができます。
フランス語はフランス人講師によるダイレクトメソッドで5年やりました。会話表現は(英語よりも)するっと口から出ますが、新聞はよほど必要な時に身構えて読む程度です。
ダイレクトメソッドにも良い点はたくさんありますが、それだけで外国語ができるようになるというのは幻想でしょうね。