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囚われ鳥のジレンマ」記事へのコメント

  • 元ネタの囚人のジレンマについてですが。
    「囚人のジレンマ自体は、実はウソで、初期条件の与え方で、いくらでも結果が変わる。協調型が生き残ったり、裏切り型が生き残ったりする」
    というハナシをどっかで見たことがあるのですが、ソレは一般的ではないハナシになっているのでしょうか?
    何分伝聞ですので真偽のほどは不明です(^^;

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    #そんなワタシはOS/2ユーザー:-)
    • by yashichi (10118) on 2003年02月07日 2時47分 (#253124)
      囚人のジレンマというのは率直に言ってしまえばクレタ人のパラドクスなどと同様、
      合理的な解が存在しない論理体系が持つ非決定性を孕んだ問題であって
      それ以上でもそれ以下でもありません。
      # 鏡に映る自分に向かって「お前は嘘つきだ」と言ってみても、
      # 自分が嘘つきか否か、合理的には、いや合理的であるが故に解は得られません。
      # 解のないゲームに対して解がないと嘆くのはなんと非合理的なことか(笑)。

      つまり初期条件の与え方で結果が変わるという表現は適切ではありません。
      # 初期条件を変えるということは囚人のジレンマゲームの枠から抜け出ることです。
      また『協調型あるいは裏切り型が生き残る』という表現も多分にナイーブであって
      ルールが変われば結果が変わるということに過ぎません。
      協調(に見える)行動を発生させるルールはいくらでも考えることができます。
      この種の問題は『知性とは何か』という点が核心に来るような気がするのですが・・・
      なかなか踏み込みにくい領域ですね。

      親コメント

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