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生物系の下っ端&若輩研究者です。matlay様の「よくわからない」つながりで、別の視点で私が今モヤモヤしている点に関して発言することをお許しください。
最近の報道では、STAP論文の研究不正の問題もさることながら、もとより本当にSTAP細胞が存在していたかを問う声が次第に高まってきているようにみえます。これを受けてかどうかはわかりませんが、理研では今後1年間かけて、終末分化した細胞から多能性をもった細胞、つまりSTAP細胞が誘導されるかを厳密に検証するらしいです。しかし今、真っ先に問うべきはSTAP細胞の存在の有無なのでしょうか?確かに分化した体細胞が本
力の入ったコメントをありがとうございます。申し訳ないのですが、そこまでの主張があるのであれば、折をみて関連ストーリーで主張される方がよろしいと思います。日記ですとすぐに沈んでしまいますので。
基本的には私の視点は、STAP細胞(STAP幹細胞)研究の詳細・意義については踏み込まず(踏み込めないので)、小保方さんは擁護されるべきかという点のみになります。(下世話ですねえ)#というか、擁護の意見が出る事自体が理解出来なかった事が出発点です
実は、小保方さんの最も重い罪状は
実験データの修正(改ざんと呼ぶかは別として)でもなく、研究プロセスが不十分な状態での論文の発表でもなく、
結果OKであれば大きな有用性が見込まれるのであれば、研究プロセス・論文に意味がなかったとしても無罪になる(情状酌量される)という思想を持っている事を大々的に表明した事にあるのではないかと、後からちょっと考えました。#その思想を持って黙っているだけなら不可知なので仕方ない(思想自体は山師の論理だけど)のですが、#それを表明し、正当化しようという事自体、自分の死刑判決を読んだようなものなのではないかと
科学研究のプロセスは人間が生み出すものには誤謬が存在しうる事を前提とされている(誤謬の有無を検証・修正していくプロセスそのもの)だと思いますので、誤謬・ミス・勇み足を認める事に大きな問題はないし、STAP幹細胞の研究活動自体へのダメージも小さいと思うんですけどねえ。
##matlay様と書かれたのは礼儀上だけではあると思うのですが、すごく落ち着かなくなりました。
本人です。改めて自分の文章を読み返してみると、matlayさんの日記に対するダイレクトなコメントになっていなくて、申し訳なかったなと反省しています(でも、言い訳になりますが、全く関係ないというわけではありません)。matlayさんの視点を要約すれば、「大いなる目的のために手段は正当化されるか?」ということだと思います。他の方も述べられているので繰り返しは避けますが、このような思想はサイエンスの世界では手段(研究プロセスと論文)こそが大事なので完全にアウトです。手段の誤謬や虚偽は手段の修正をもってしか償えないと考えます。したがって記者会見で
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真っ先に検証すべきは、STAP幹細胞の実在性なのでわ? (スコア:0)
生物系の下っ端&若輩研究者です。
matlay様の「よくわからない」つながりで、別の視点で私が今モヤモヤしている点に関して発言することをお許しください。
最近の報道では、STAP論文の研究不正の問題もさることながら、もとより本当にSTAP細胞が存在していたかを問う声が次第に高まってきているようにみえます。
これを受けてかどうかはわかりませんが、理研では今後1年間かけて、
終末分化した細胞から多能性をもった細胞、つまりSTAP細胞が誘導されるかを厳密に検証するらしいです。
しかし今、真っ先に問うべきはSTAP細胞の存在の有無なのでしょうか?
確かに分化した体細胞が本
Re:真っ先に検証すべきは、STAP幹細胞の実在性なのでわ? (スコア:1)
力の入ったコメントをありがとうございます。
申し訳ないのですが、そこまでの主張があるのであれば、折をみて関連ストーリーで主張される方がよろしいと思います。
日記ですとすぐに沈んでしまいますので。
基本的には私の視点は、STAP細胞(STAP幹細胞)研究の詳細・意義については踏み込まず(踏み込めないので)、
小保方さんは擁護されるべきかという点のみになります。(下世話ですねえ)
#というか、擁護の意見が出る事自体が理解出来なかった事が出発点です
実は、小保方さんの最も重い罪状は
実験データの修正(改ざんと呼ぶかは別として)でもなく、
研究プロセスが不十分な状態での論文の発表でもなく、
結果OKであれば大きな有用性が見込まれるのであれば、
研究プロセス・論文に意味がなかったとしても無罪になる(情状酌量される)という思想を持っている事を
大々的に表明した事にあるのではないかと、後からちょっと考えました。
#その思想を持って黙っているだけなら不可知なので仕方ない(思想自体は山師の論理だけど)のですが、
#それを表明し、正当化しようという事自体、自分の死刑判決を読んだようなものなのではないかと
科学研究のプロセスは人間が生み出すものには誤謬が存在しうる事を前提とされている
(誤謬の有無を検証・修正していくプロセスそのもの)だと思いますので、
誤謬・ミス・勇み足を認める事に大きな問題はないし、STAP幹細胞の研究活動自体へのダメージも小さいと思うんですけどねえ。
##matlay様と書かれたのは礼儀上だけではあると思うのですが、すごく落ち着かなくなりました。
#存在自体がホラー
Re: (スコア:0)
本人です。
改めて自分の文章を読み返してみると、
matlayさんの日記に対するダイレクトなコメントになっていなくて、
申し訳なかったなと反省しています(でも、言い訳になりますが、全く関係ないというわけではありません)。
matlayさんの視点を要約すれば、「大いなる目的のために手段は正当化されるか?」ということだと思います。
他の方も述べられているので繰り返しは避けますが、
このような思想はサイエンスの世界では手段(研究プロセスと論文)こそが大事なので完全にアウトです。
手段の誤謬や虚偽は手段の修正をもってしか償えないと考えます。
したがって記者会見で