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人を説得する際に科学的事実を並べるのは無駄?」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward

    大半の人間が求めているのは「真実」ではなく「理由」だからじゃないかな。

    たとえばリンゴが木から落ちる理由をニュートンは考えた。その結果万有引力に辿り着いた。
    ただ、もし彼が神学者であれば、「それは神の手によるもの」と結論づけたかもしれない。
    大切なのはこれが正しいかどうかではなく、彼が納得できる解答だったかどうか、という点だ。

    上でも狂信的反原発志向について触れている人がいるけど、これも根は同じだと思う。
    ある日突然、地震で家が壊れた。家財を失った。社会的インフラも破壊された。家族すら失った人も居る。
    そんな状況であれば人間がストレス

    • by Anonymous Coward on 2014年07月08日 14時18分 (#2635149)

      実際には大部分の人々は元コメでいうところの「理由」と「真実」をすり替えているだけではないかと思う
      理由に過ぎないものを真実として扱う事例を出してるだけでしょう

      理由や説明というのは科学の相当に本質的な部分であってこれなしに科学は成立しないが(個人的には説明力こそ科学の真髄ではないかと思っている)
      理由はあくまで理由、説明はあくまで説明でしかない、真理や本質や真実を語るものではないというあきらめを科学は常に持たなくてはいけないと思っている
      カントに言われるまでもなく理性的に考える限りわれわれは「本質」には到達できないので、真実などというものは宗教屋に任せておけばよろしいのです

      まあ、だからこそ神学者ニュートンは物理法則に神と宇宙の真実をかいま見ることができたのかも知れんけどね

      親コメント

「科学者は100%安全だと保証できないものは動かしてはならない」、科学者「えっ」、プログラマ「えっ」

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