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金ドブへの反論」記事へのコメント

  • 人は捨てることで何かを得る。
    捨てることが出来なければ、拾うこともできない。

    何も持たない人は、何かを捨てることはできず、従って、何かを拾うこともできない。

    というのは措くとして。
    「捨てることが出来なければ、拾うこともできない」が正しいとしても、捨てれば次に必ず拾えることを保証されてはいない。
    次に何かを拾える捨て方でないときに「金をドブに捨てる気か!」と言われる。

    • てか、金は「何か」そのものではなく何かを得るポテンシャルなわけで、それを文字通り捨ててしまったなら、むしろ次に拾える可能性は確実に下がる。

      • 持ってる人より、持ってない人のほうが 落ちてるものに反応できる。
        • そうやって、持ってない人が無価値なものにいちいち反応している間に、持ってる人がしきい値以上の価値あるものを持ってってしまう。

          • 無価値の価値を知ることができるのは、持っていない人。

            • 無価値に価値を見出す能力がある人は、今ある価値を捨てはしない。結局持ってる人の総ざらえが基本。

              だから、たまたまこぼれたのを拾えた「持ってない」人の話が美談や英雄譚になる。

              • >無価値に価値を見出す能力がある人は、今ある価値を捨てはしない。

                これはさすがに逆ではないかなあ。
                無価値に価値を見出す能力がある人だからこそ、捨てられる
                のでは。

              • by yasuchiyo (11756) on 2014年07月29日 17時12分 (#2647629) 日記

                うーん、そうですね。
                無価値に価値を見出す能力があれば、今持ってる価値を見切ることもためらわない、か。

                親コメント

一つのことを行い、またそれをうまくやるプログラムを書け -- Malcolm Douglas McIlroy

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