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韓国の失業者が日本のIT技術者に!」記事へのコメント

  • by visha (779) on 2001年06月19日 9時34分 (#2673) 日記

    個人的に言えば「日本人」ってのは「自分に近い人」程度の意味しかないですね。何が近いかと言えば、地理的だったり外見的だったり文化的背景だったり発想だったり言葉だったり色々ですし、たいてい根拠薄弱(皆無かも)なものですけどね。

    同業者として競争相手が増えて、それで「日本に日本人の居場所がなくなるかも」

    で、もしこう考えるとすると(わたしは考えませんが)、それって「未知への恐怖/不安」そのものなんじゃないかな。日本人なら(つまり自分に近い人間なら)、教育をされてどれだけモノになるのか、どれくらいの能力を持ち得るのか、その確度は別としてある程度想像できるからね。

    IT関連の職業についているみなさん、たとえば、日本政府が何千人もの日本人の失業者を集めてIT教育して、というふうな、だったらどう?同じような脅威を感じる?それとも、「同じ日本人」だから許す?はたまた、日本人相手なら俺は負けない自信があるから大丈夫とか思ってる?

    見当がつくからむやみな恐怖は抱かない、という程度のものでしょ。もちろん、見当が本当は外れてるかもしれない(その可能性は低くない)んだけどね。それに、他ならぬ日本政府が施すIT教育で何ほどのことができるもんかね、と見切ってるせいもあるかも(笑)。

    そもそも、日本人っていったい何のことよ?

    本人的には、本人が日本人だと思えばその人は日本人。法的には日本国籍を持ってる人が日本人。社会的には、まわりの人間が日本人だと思えば日本人。「日本人」って言葉は単なるラベルですから。幻想があるとすると、「自分に近い人==日本人」を「日本人==自分に近い人」と思ってるところかな。もちろん、この幻想は社会というそれ自体かなりバーチャルな存在を支えるのにそれなりの機能は果たしているとは思います。もっとも、使い方を誤れば、「非国民」の一言から逃れるためにあらゆる理不尽を受け入れるような戯けた状況を生み出すわけなんですが。

    あかの他人の日本人がひとり殺されたニュースを聞くのは、外国人が100人殺されたニュースを聞くよりも悲しい?

    どちらも大して悲しくないですね。自分のペットが死ぬ方が100倍悲しいでしょう。日本人だろうと外国人だろうと、赤の他人の重みなんてそんなもんだと思いますが。

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