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この記事でもそうだし、どの宗教・どの国のどんな文脈のどんな話題でも、「自殺は絶対悪」というのは議論の必要もない前提ということになってしまっていて実際自殺の是非について議論されることなんて皆無に近いがそもそもそこまで躍起になって自殺を根絶しなければならない理由って何なのか?
うまく言えないが、どうも現代人は死というものを脅迫的に恐れすぎていて、それが社会にあふれる諸々のゆがみひずみを作りだしている一因ではないのか、という気がしてならない
飛び降りた瞬間に実は自分は生きたいと気づく? そんな奴ばかりじゃない
「自殺は絶対悪」といってるのは宗教くらいなものじゃありませんか?自殺を善悪とか良し悪しとか是非などで考えようとするのは無理があります。それは擬似問題に近い。死にたいと思う気持ち(自殺願望)とか、自分は死ななければならないという考え(希死念慮)は、怪我や病気の一種です。それは一時的なものなので、適切に対処すれば治ります。
自殺願望?それは、心のなかにある天秤の「苦痛」側と「苦痛に対処するリソース」側のバランスが崩れて、「苦痛」側に傾いているだけです。(参考: suicide... read this first [metanoia.org])苦痛の元になる原因を取り除くとか、もしくは苦痛から逃げたり
「自殺は絶対悪」といってるのは宗教くらいなものじゃありませんか?
で始まっていますが、結局あなたも「死にたいと願ったり、死ななきゃいけないと考えるたりするのは病気」というのを前提としているので、「自殺は絶対悪」というのを前提とするのと大差ないように思います。
「死にたいと願ったり、死ななきゃいけないと考えるたりするのは病気」というのを前提としているので、「自殺は絶対悪」というのを前提とするのと大差ない
別ACだけどそれは違うと思うなぁ。人間(に限らないけど)には生存本能があるから、それに反する行動を取るのは何らかの機能不全である、ということと、その機能不全の結果自殺することが悪である、というのはまったく別の問題だろう。
というか、元ACは「風邪や怪我などと同じような機能不全である」から「適切な治療を受ければ治る」と言ってるのに対して、それを「自殺は絶対悪」と一緒にするというのは、「機能不全に陥ることが悪いこと」と捉えてるんじゃないだろうか?それって結局「うつ病は甘え」「過労死は自己責任」「風邪でも働くのが当たり前」みたいな、人を自殺に追い込むような発想じゃないか。
#2777370 の人が「自殺は絶対悪」という言葉で表現しているのは、「自殺が起こるという状況は望ましくない」という前提のことであって、僕もその意味で使っている。 #2777370 の人は、その前提に対して疑問を呈している。真っ当な疑問だと思う。
僕は自殺が起こるという状況は望ましくないと思っているけれど、仮にそうじゃないとしよう。人の選択は千差万別だから、死にたいと思うのも自由だし、その結果自ら死を選ぶならそれも選択だよね。
#2777426 の人は、死にたいと思うことは病気だから治療するべきだと言っている。なんで? 適切な治療を受ければ治るとか上から目線で言われても、別におかしくな
人の選択は千差万別だから、死にたいと思うのも自由だし、その結果自ら死を選ぶならそれも選択だよね。
その前提がおかしい。生物は本質的には生存本能があるわけで、それをねじ曲げてまで行動するような「選択」が果たして正しいのかどうか。それを選択と言うなら、たとえば癌細胞が他の細胞に悪さをするのも「その人の選択」になるし、風邪で頭がぼうっとして判断ミスをするのも「その人の選択」となる。#鬱病やら統合失調症などは医学的に身体のどこに異常が出るかも把握されている以上、上記の病気と本質的な違いはない
だから
別におかしくない
その前提がおかしい。生物は本質的には生存本能があるわけで、それをねじ曲げてまで行動するような「選択」が果たして正しいのかどうか。
生存本能がないから自死願望があるんじゃないのかな。あなたは「生物には本質的に生存本能がある」というのは正しいよ。でもだからといって「生存本能がないのは間違っている」というのもおかしい。
生存本能のない個体は生存本能のある個体よりも生き延びる可能性が有意に低かったので淘汰された、というだけの話。
ま、生存本能があってもなくても気楽に生きていける社会を作るのが一番望ましいんだろうけどね。
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吾輩はリファレンスである。名前はまだ無い -- perlの中の人
そもそも (スコア:0)
この記事でもそうだし、どの宗教・どの国のどんな文脈のどんな話題でも、
「自殺は絶対悪」というのは議論の必要もない前提ということになってしまっていて
実際自殺の是非について議論されることなんて皆無に近いが
そもそもそこまで躍起になって自殺を根絶しなければならない理由って何なのか?
うまく言えないが、どうも現代人は死というものを脅迫的に恐れすぎていて、
それが社会にあふれる諸々のゆがみひずみを作りだしている一因ではないのか、という気がしてならない
飛び降りた瞬間に実は自分は生きたいと気づく? そんな奴ばかりじゃない
Re: (スコア:0)
「自殺は絶対悪」といってるのは宗教くらいなものじゃありませんか?
自殺を善悪とか良し悪しとか是非などで考えようとするのは無理があります。それは擬似問題に近い。
死にたいと思う気持ち(自殺願望)とか、自分は死ななければならないという考え(希死念慮)は、怪我や病気の一種です。
それは一時的なものなので、適切に対処すれば治ります。
自殺願望?それは、心のなかにある天秤の「苦痛」側と「苦痛に対処するリソース」側のバランスが崩れて、「苦痛」側に傾いているだけです。
(参考: suicide... read this first [metanoia.org])
苦痛の元になる原因を取り除くとか、もしくは苦痛から逃げたり
Re: (スコア:3)
で始まっていますが、結局あなたも「死にたいと願ったり、死ななきゃいけないと考えるたりするのは病気」というのを前提としているので、「自殺は絶対悪」というのを前提とするのと大差ないように思います。
Re: (スコア:0)
別ACだけどそれは違うと思うなぁ。
人間(に限らないけど)には生存本能があるから、それに反する行動を取るのは何らかの機能不全である、ということと、その機能不全の結果自殺することが悪である、というのはまったく別の問題だろう。
というか、元ACは「風邪や怪我などと同じような機能不全である」から「適切な治療を受ければ治る」と言ってるのに対して、それを「自殺は絶対悪」と一緒にするというのは、「機能不全に陥ることが悪いこと」と捉えてるんじゃないだろうか?
それって結局「うつ病は甘え」「過労死は自己責任」「風邪でも働くのが当たり前」みたいな、人を自殺に追い込むような発想じゃないか。
Re: (スコア:2)
#2777370 の人が「自殺は絶対悪」という言葉で表現しているのは、「自殺が起こるという状況は望ましくない」という前提のことであって、僕もその意味で使っている。 #2777370 の人は、その前提に対して疑問を呈している。真っ当な疑問だと思う。
僕は自殺が起こるという状況は望ましくないと思っているけれど、仮にそうじゃないとしよう。人の選択は千差万別だから、死にたいと思うのも自由だし、その結果自ら死を選ぶならそれも選択だよね。
#2777426 の人は、死にたいと思うことは病気だから治療するべきだと言っている。なんで? 適切な治療を受ければ治るとか上から目線で言われても、別におかしくな
Re: (スコア:0)
その前提がおかしい。
生物は本質的には生存本能があるわけで、それをねじ曲げてまで行動するような「選択」が果たして正しいのかどうか。
それを選択と言うなら、たとえば癌細胞が他の細胞に悪さをするのも「その人の選択」になるし、風邪で頭がぼうっとして判断ミスをするのも「その人の選択」となる。
#鬱病やら統合失調症などは医学的に身体のどこに異常が出るかも把握されている以上、上記の病気と本質的な違いはない
だから
Re:そもそも (スコア:0)
その前提がおかしい。
生物は本質的には生存本能があるわけで、それをねじ曲げてまで行動するような「選択」が果たして正しいのかどうか。
生存本能がないから自死願望があるんじゃないのかな。
あなたは「生物には本質的に生存本能がある」というのは正しいよ。でもだからといって「生存本能がないのは間違っている」というのもおかしい。
生存本能のない個体は生存本能のある個体よりも生き延びる可能性が有意に低かったので淘汰された、というだけの話。
ま、生存本能があってもなくても気楽に生きていける社会を作るのが一番望ましいんだろうけどね。