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「正しい英語」などというものが存在しない理由とは」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward on 2015年03月21日 18時56分 (#2782196)

    相手に伝わるならl教科書通りの文法でなくてもよい。
    美味しいハモを食べさせるとか、ビアンカのリボンの匂いをかがせるとか
    非言語的な手段でも構わない。

    誤解を生じる余地があれば完璧な手段ではない、とも言える

    • by Anonymous Coward on 2015年03月21日 20時59分 (#2782247)

      まあ、伝わるなら、ね。
      あと、どうやって伝わったことが分かる?

      他人に、間違いには寛容であれ、あるいは間違いと言うべきですら無いという人は、
      誤解とかで困った経験が無いのかなと思う。
      正しくてもまだ不足なんだけどね。

      やはりコミュニケーションツーツとしては、やはりどこかで依って立つ
      ところがないと困るのではないか。
      出力は厳格に、入力はロバストにすべきだ。

      しかし、誤りを指摘すると怒り出す人もいるけど、
      そちらの方がよっぽど「言葉にうるさい人」だよなあ。
      どうでもいいなら言い直せばいいだけのはずだ。

      親コメント
      • by Anonymous Coward

        そうですね、例えイギリス人でもインドに行ったら正しいインド英語を喋らないと通じませんからね。

    • by Anonymous Coward on 2015年03月22日 5時39分 (#2782392)

      「正しく」言語を使えていないと,その人が言っていること自体の信ぴょう性が疑わしく思える。
      ヨレヨレスーツや磨かれていない靴,あるいは箸や茶碗の持ち方が似ているかも。
      最低限の機能はしていても,依然として明確な違いは存在していて,完全な代替にはなり得ない。

      「正しい」は時代や地域を超えた普遍的な価値ではないだろうけど,限られた社会では存在する。
      異なった社会の間の境界で衝突が起きるのは仕方がない。

      親コメント

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