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あまり知られてないが,英語の発音が綴りを無視して謎の変化をした時期があって(だいたい17世紀まで),これは大母音推移とかよばれている.このため,現在の英語は発音と綴りが噛み合わない宙ぶらりんの状態で,原理的にはどちらかを直さないと「正しく」ない.
# 例えば,昔は home は ホーメ と発音していたのだ.この頃の発音ならばなんと理解しやすく,かつ言文一致していたことか.
つまり,英語の発音を17世紀以前に戻すか,綴りを現在の発音に合わせるかしないかぎり,かのブリテン野郎(愛称)の英語は書き言葉を読み上げるシーンでは「正しくない」.過去のブリテン人が今に現れたら「奇妙な発音」にびっくりすることだろう.
そんな現状で「正しい英語」?いやいや,間違っている現状をまずなんとかせーよ.
「を」お「お」と書いて「こんにちは」わ「こんにちわ」と書かないと間違いですか?個人的にわ「こんにちわ」くらいわ通用していいと思いますけど、機能語は識別しやすくなるので今のままがいい派です。
現代かなづかい(昭和21年)では、助詞の「は」「へ」は、「はと書くことを本則とする」「へと書くことを本則とする」とあり、「私わ学校え行きました」も「許容」だったと聞きます(が、現実問題として学校でそんな風に書くとバツでしたが)。助詞の「を」は「を」のままでした。昭和61年に「現代仮名遣い」として改訂された時に、歴史的仮名遣と同じ「は」「へ」に統一されましたが。
世の中には、「言葉は音声言語を基準とすべきで、文字言語は音声言語を写し取る為のものだ」、だから表記と発音の乖離は「悪いもの」で、「文字言語を音声言語にどうしても合わせていかなくてはいけない」と思ってる人も居るみたいですが、私はこの意見にはどうも賛同できません。ええ、確かに現代語の発音と乖離してますよ。でもそれが何か? 不便な面しか見てないだけでしょ、便利な面を忘れてませんか、と。アルファベットのスペリングも日本語の仮名遣も、元は文字の綴りと発音の乖離から起こったものではあるけれど、結果として異なる綴りや仮名遣に異なる意味を持たせる様になったのは、慣れれば案外便利なものです。
かつてラテン人はワ行の子音とウ列の母音を両方とも「v」という字で表現していた。これは現代日本でもワ以外のワ行、例えばWindowをヰンドウと書かずにウィンドウと綴るのと同じで、全く合理的な表記であった。
しかし、文字が書けないゲルマン人たちはワ行を全く使わず、代わりにヴァ行を多用していた。そして、ゲルマン人たちの言語を合理的に記述するために、使わないワ行の子音vは全てヴァ行を表すことになった。
しかし、しばらくすると、子音のv(ヴ)と母音のv(ウ)は明らかに発音が違うので、混乱が生じた。そこで、仕方なく、子音のvはそのままで、母音のvを丸く書くことにした。すなわち濁る方をV、濁らない方をUにした。ラテン文字Uの誕生である。
しかし、しばらくすると、子音のv(ワ行)と子音のv(ヴァ行)を両方同時に使う場面が増えてきた。そこで、仕方がなく、子音vのうち、濁らない方を重ねて書くことにした。すなわち濁る方をV、濁らない方をVVにした。ラテン文字Wの誕生である。
しかし、しばらくすると、ゲルマン人はWをヴァ行に使うようになった。ラテン人は言文一致を諦めた。
あぁ、そういう経緯だったのか。
イタリアの、ベネチアの近くに、パドヴァという都市があるのですが、これの標記の仕方が、
となっていて、またその読み(日本語カタカナでの標記)も、
といろいろあって、どれもが「正しい」らしい、ということで、困ったことがあった。
元コメの変遷に照らし合わせると、納得できる。
ハイヒール長靴半島でも苦手地名の筆頭ですね。この表記が揺れる地名と同じ土地を表記するのにヨーロッパ各地で各言語で表記をするし読み方も違うという別のルールがあいまってある時点からまともに地名を覚える努力する意義を見失ってしまった。
ともすると、(スイスの)ジュネーブというのは(イタリアの)ジェノバと同じ名前の別の土地なのかとか、(フランス・パリの)リュクサンブール宮殿は(フランスの隣国)ルクセンブルク大公国領なのかとか混乱しっぱなし。
全部ゲルマン人のせいじゃねーかw
# U,V,W って字が似てるよなと思ってたけど,当たり前だったんだな.
IとJも似た様な経緯です
を は一回廃止されかけたのよね.だけど不便だからとりあえずちょっとだけ,ということで生き延びたのよ.で,そのまま今に至ると.こんにちは はおっしゃるとおり,は が正しいんだけど,それもいつまでもつかなあ.100年後には わ が正しいとされているかもしれない.
まあ,日本語について言えば,漢字の発音や意味がそうとうアレなことになっている(魚の漢字なんか,「間違えた」のが結構あるよ!)ので,なにをもって正しいというべきか…
# 逆にいえば,より使いやすい言語を目指して変えていける,とも言える.
さういへば丸谷才一のやうに現代かなづかひを拒否する御仁もゐたねえ。なんでも日本語は母音が少ないから音そのままでなく表記を変えたほうがヴィジュアルとして読み易いとかなんとか。助詞の「は」「へ」「を」もそんな感じか。
福田恆存 [wikipedia.org]と丸谷才一の日本語教室本を読んだ限りでは、丸谷才一氏はぱっとみ当人の合理主義に適合しているという判断基準で例外を設けて枉げている自分ルールがあちこち透けて見えるからこの御仁にとってはいちばん都合いいんだろう、と切り捨てるのが私流。
新潮文庫版だと新字新かなのシェイクスピア翻訳でしかないのが残念。同じ傾向は三島由紀夫の新潮文庫版にも。どっちもハードケース入りでないと。
丸谷才一は日本語教室本ではなくて文章読本だったかも。谷崎潤一郎、三島由紀夫がそういうタイトルでエッセイ書いて評判になったので便乗しようとしたと見受けられるのもわたしにとって評価が低い理由になっている。
「は」と「わ」は文法上の規則だけど、「を」と「お」の区別が付かないって自分の耳か相手の発音が相当駄目としか思えない。正直なところ、なんでそんな議論が出ているのかがわからないくらい。ローマ字表記が元な気もするんで、外人にはwoとoの区別が付かないのかね。
じつはそれはよくある誤解で,現代日本語では を は お と同じ o と発音することになっている.wo という発音が正しいとされていたのはせいぜい明治の始めごろまでなのだな,これが.
だから,を と お の区別がつく人は,「方言」を聞いているというだけなのだ.
「を」を「wo」で発音している人、居るか?
よくしらないけど、ローマ字日記の達人、石川啄木 [sannet.ne.jp]あたりならそうだったのかもしれないよ。私生活の諸方面においても変人で有名だったそうなのできっとそれくらい大したことじゃないだろう。
学校の先生がはっきり「wo」と発音してたから正式だと思ってたよ。ローマ字と英語を習ったら自分の「da」行なども da di du de do になってしまった。
中国の故事成語でしばしば半面教師役になる杞の国の出身者みたいなもの?上手く歩けなくなったり心配性になったり。本邦で対比する人物を選定するんだったらかなり小物だけど「仁和寺にある法師」か。
それはそうと、ローマ字の訓令式ヘボン式どっちの表記でもダ行とかでいびつな音と表記の統一とは程遠い整っていなさ加減をみかけて以来日本語ローマ字表記化を命がけで主張する輩とは考えが合わないと思った。
// つまり、"shibuya" は英数字の範囲でユーザアカウントを表記するための一方便。
自分は、母親からわ行はwa-i-u-e-woと教わり、高校生まで普通にそう発音し、誰にも指摘されず大学生の時に、「を」が 「お」と同じ発音だと知って衝撃を受けた思い出があります。
そんなこと言ったら、日本語だって奈良以前の上代日本語に合わせて、甲音と乙音を分けないといけませんね。
# いっそのこと、神代文字まで復活させるか?
神代文字は上代日本語の発見前につくられてるから甲音と乙音が分かれれてない。
今の日本語に残されている小学校の国語で教えられるような歴史的仮名遣いは少数なのに対して、大母音推移はずっと影響範囲が広いのが問題。
こんにちわ でも こんにちは でも通じるけれど、home を houmu とか綴ったら通じなくなってしまう。
おかげで英語は総ての単語の発音と綴りを個別に覚える必要のある、漢字ばかりの言葉みたいになっている。むろん漢字も同様に慣れてくればある程度規則性が見えてくるけれど。
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Stay hungry, Stay foolish. -- Steven Paul Jobs
大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:5, 興味深い)
あまり知られてないが,英語の発音が綴りを無視して謎の変化をした時期があって(だいたい17世紀まで),これは大母音推移とかよばれている.このため,現在の英語は発音と綴りが噛み合わない宙ぶらりんの状態で,原理的にはどちらかを直さないと「正しく」ない.
# 例えば,昔は home は ホーメ と発音していたのだ.この頃の発音ならばなんと理解しやすく,かつ言文一致していたことか.
つまり,英語の発音を17世紀以前に戻すか,綴りを現在の発音に合わせるかしないかぎり,かのブリテン野郎(愛称)の英語は書き言葉を読み上げるシーンでは「正しくない」.過去のブリテン人が今に現れたら「奇妙な発音」にびっくりすることだろう.
そんな現状で「正しい英語」?いやいや,間違っている現状をまずなんとかせーよ.
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:0)
「を」お「お」と書いて「こんにちは」わ「こんにちわ」と書かないと間違いですか?
個人的にわ「こんにちわ」くらいわ通用していいと思いますけど、
機能語は識別しやすくなるので今のままがいい派です。
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:1)
現代かなづかい(昭和21年)では、助詞の「は」「へ」は、「はと書くことを本則とする」「へと書くことを本則とする」とあり、「私わ学校え行きました」も「許容」だったと聞きます(が、現実問題として学校でそんな風に書くとバツでしたが)。助詞の「を」は「を」のままでした。
昭和61年に「現代仮名遣い」として改訂された時に、歴史的仮名遣と同じ「は」「へ」に統一されましたが。
ハイバネーション(=冬眠)中。 押井徳馬(・(T)・)
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:1)
世の中には、「言葉は音声言語を基準とすべきで、文字言語は音声言語を写し取る為のものだ」、だから表記と発音の乖離は「悪いもの」で、「文字言語を音声言語にどうしても合わせていかなくてはいけない」と思ってる人も居るみたいですが、私はこの意見にはどうも賛同できません。
ええ、確かに現代語の発音と乖離してますよ。でもそれが何か? 不便な面しか見てないだけでしょ、便利な面を忘れてませんか、と。
アルファベットのスペリングも日本語の仮名遣も、元は文字の綴りと発音の乖離から起こったものではあるけれど、結果として異なる綴りや仮名遣に異なる意味を持たせる様になったのは、慣れれば案外便利なものです。
ハイバネーション(=冬眠)中。 押井徳馬(・(T)・)
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:4, 興味深い)
かつてラテン人はワ行の子音とウ列の母音を両方とも「v」という字で表現していた。これは現代日本でもワ以外のワ行、例えばWindowをヰンドウと書かずにウィンドウと綴るのと同じで、全く合理的な表記であった。
しかし、文字が書けないゲルマン人たちはワ行を全く使わず、代わりにヴァ行を多用していた。そして、ゲルマン人たちの言語を合理的に記述するために、使わないワ行の子音vは全てヴァ行を表すことになった。
しかし、しばらくすると、子音のv(ヴ)と母音のv(ウ)は明らかに発音が違うので、混乱が生じた。そこで、仕方なく、子音のvはそのままで、母音のvを丸く書くことにした。すなわち濁る方をV、濁らない方をUにした。ラテン文字Uの誕生である。
しかし、しばらくすると、子音のv(ワ行)と子音のv(ヴァ行)を両方同時に使う場面が増えてきた。そこで、仕方がなく、子音vのうち、濁らない方を重ねて書くことにした。すなわち濁る方をV、濁らない方をVVにした。ラテン文字Wの誕生である。
しかし、しばらくすると、ゲルマン人はWをヴァ行に使うようになった。ラテン人は言文一致を諦めた。
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:1)
あぁ、そういう経緯だったのか。
イタリアの、ベネチアの近くに、パドヴァという都市があるのですが、これの標記の仕方が、
となっていて、またその読み(日本語カタカナでの標記)も、
といろいろあって、どれもが「正しい」らしい、ということで、困ったことがあった。
元コメの変遷に照らし合わせると、納得できる。
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:2)
ハイヒール長靴半島でも苦手地名の筆頭ですね。
この表記が揺れる地名と
同じ土地を表記するのにヨーロッパ各地で各言語で表記をするし読み方も違う
という別のルールがあいまってある時点からまともに地名を覚える努力する意義を見失ってしまった。
ともすると、(スイスの)ジュネーブというのは(イタリアの)ジェノバと同じ名前の別の土地なのかとか、
(フランス・パリの)リュクサンブール宮殿は(フランスの隣国)ルクセンブルク大公国領なのかとか混乱しっぱなし。
Re: (スコア:0)
全部ゲルマン人のせいじゃねーかw
# U,V,W って字が似てるよなと思ってたけど,当たり前だったんだな.
Re: (スコア:0)
IとJも似た様な経緯です
Re: (スコア:0)
を は一回廃止されかけたのよね.だけど不便だからとりあえずちょっとだけ,ということで生き延びたのよ.で,そのまま今に至ると.
こんにちは はおっしゃるとおり,は が正しいんだけど,それもいつまでもつかなあ.100年後には わ が正しいとされているかもしれない.
まあ,日本語について言えば,漢字の発音や意味がそうとうアレなことになっている(魚の漢字なんか,「間違えた」のが結構あるよ!)ので,なにをもって正しいというべきか…
# 逆にいえば,より使いやすい言語を目指して変えていける,とも言える.
Re: (スコア:0)
さういへば丸谷才一のやうに現代かなづかひを拒否する御仁もゐたねえ。なんでも日本語は母音が少ないから音そのままでなく表記を変えたほうがヴィジュアルとして読み易いとかなんとか。助詞の「は」「へ」「を」もそんな感じか。
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:1)
福田恆存 [wikipedia.org]と丸谷才一の日本語教室本を読んだ限りでは、丸谷才一氏はぱっとみ当人の合理主義に適合しているという判断基準で例外を設けて枉げている自分ルールがあちこち透けて見えるからこの御仁にとってはいちばん都合いいんだろう、と切り捨てるのが私流。
新潮文庫版だと新字新かなのシェイクスピア翻訳でしかないのが残念。
同じ傾向は三島由紀夫の新潮文庫版にも。どっちもハードケース入りでないと。
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:1)
丸谷才一は日本語教室本ではなくて文章読本だったかも。
谷崎潤一郎、三島由紀夫がそういうタイトルでエッセイ書いて評判になったので便乗しようとしたと見受けられるのもわたしにとって評価が低い理由になっている。
Re: (スコア:0)
「は」と「わ」は文法上の規則だけど、「を」と「お」の区別が付かないって自分の耳か相手の発音が相当駄目としか思えない。
正直なところ、なんでそんな議論が出ているのかがわからないくらい。
ローマ字表記が元な気もするんで、外人にはwoとoの区別が付かないのかね。
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:2, すばらしい洞察)
じつはそれはよくある誤解で,現代日本語では を は お と同じ o と発音することになっている.
wo という発音が正しいとされていたのはせいぜい明治の始めごろまでなのだな,これが.
だから,を と お の区別がつく人は,「方言」を聞いているというだけなのだ.
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:1)
「を」を「wo」で発音している人、居るか?
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:1)
よくしらないけど、ローマ字日記の達人、石川啄木 [sannet.ne.jp]あたりならそうだったのかもしれないよ。
私生活の諸方面においても変人で有名だったそうなのできっとそれくらい大したことじゃないだろう。
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:1)
学校の先生がはっきり「wo」と発音してたから正式だと思ってたよ。
ローマ字と英語を習ったら自分の「da」行なども da di du de do になってしまった。
the.ACount
Re:大母音推移のせいで,英語は現在「正しくなくなってしまっている」と言って良い (スコア:1)
中国の故事成語でしばしば半面教師役になる杞の国の出身者みたいなもの?
上手く歩けなくなったり心配性になったり。
本邦で対比する人物を選定するんだったらかなり小物だけど「仁和寺にある法師」か。
それはそうと、ローマ字の訓令式ヘボン式どっちの表記でもダ行とかで
いびつな音と表記の統一とは程遠い整っていなさ加減をみかけて以来
日本語ローマ字表記化を命がけで主張する輩とは考えが合わないと思った。
// つまり、"shibuya" は英数字の範囲でユーザアカウントを表記するための一方便。
Re: (スコア:0)
自分は、母親からわ行は
wa-i-u-e-wo
と教わり、高校生まで普通にそう発音し、誰にも指摘されず
大学生の時に、「を」が 「お」と同じ発音だと知って衝撃を
受けた思い出があります。
Re: (スコア:0)
そんなこと言ったら、日本語だって奈良以前の上代日本語に合わせて、
甲音と乙音を分けないといけませんね。
# いっそのこと、神代文字まで復活させるか?
Re: (スコア:0)
神代文字は上代日本語の発見前につくられてるから甲音と乙音が分かれれてない。
Re: (スコア:0)
今の日本語に残されている小学校の国語で教えられるような歴史的仮名遣いは少数なのに対して、大母音推移はずっと影響範囲が広いのが問題。
こんにちわ でも こんにちは でも通じるけれど、home を houmu とか綴ったら通じなくなってしまう。
おかげで英語は総ての単語の発音と綴りを個別に覚える必要のある、漢字ばかりの言葉みたいになっている。
むろん漢字も同様に慣れてくればある程度規則性が見えてくるけれど。