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>子供の生存は難しいとして医師から何度も中絶を勧められた>手術のために家族が資金を集めたが、それだけでは足りないためクラウドファンディングサイトYouCaringで寄付を募っている。
中絶したくないのは分かるし手術に金がかかるのも分かるが、なんだか素直に納得できない当初の想定よりも金が必要だったということかもしれないが、最初から他人の善意を期待していたのではないかと邪推できるからだろうか
中絶王国の日本からすると中絶をしない親に違和感がある人も多いかもしれませんが、胎児も自分の子供であると考えている人からすれば、中絶も自分の子供を「自分の意志で」殺すことには違いないわけで、流産とか病死とかとは別次元の話です。この件がどうなのかは知りませんが。
法的には人でなくても、科学的には胎児と人との境界があるわけではありません。世界的にみれば、年間に何十万人も「中絶」されている日本の方がおかしいと思われていそうです。
#「生存の必要のない命」とか誰がどういう資格で決めるんでしょうかね。正義の話ではありませんが、正解が分からなくとも不正解はわかる、ような。
キリスト教徒の原理主義者か、それに毒された発想ですね。 世界=欧米、死=悪の固定観念に毒されていない(あなた以外の)日本人には、この話題に違和感があるって事。
> キリスト教徒の原理主義者か、それに毒された発想ですね。
それは思い込みというものでは?
親からみて、胎児が「自分の子供」であることは否定できないと思います。人工妊娠中絶が生きている胎児の生命を絶つことも否定できないと思います。辞書で「殺す」を引く [goo.ne.jp]と「他人や生き物の生命を絶つ」というのがありますから、これを「殺す」というのは間違いではないと思います。「胎児は生きていない」という主張は成り立ちますが、自分の体内で子供が生きていると感じる母親を否定できるものでは無いでしょう(繰り返しになりますが、この件がどうかは知りません)。
少なくとも私のコメント [srad.jp]では、欧米かどうかは関係がありませんし(ただし中絶の話は避妊具の普及やそれを購入できる経済環境かどうかなどは関係があると思います)、善悪の話はもっと関係がありません。どこにも善悪に触れていないつもりです。
# キリスト教云々をいうならカトリックの影響の強いラテンアメリカでは? 欧米の米に入っている?
私個人としては、中絶は母性の自己決定権の一部として尊重されるべきものと考えます。選択肢のなかで中絶する・しないを選ぶことについて、それが社会的要因で強いられたなどで無ければ他人がとやかくいうことでは無いかと。自分の人生のために中絶する人がいても、障害を持っている自分の子供を殺すことを考えられないという人がいても、それはその人の選択でしょう。
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日本発のオープンソースソフトウェアは42件 -- ある官僚
なんだかモヤモヤする (スコア:1)
>子供の生存は難しいとして医師から何度も中絶を勧められた
>手術のために家族が資金を集めたが、それだけでは足りないためクラウドファンディングサイトYouCaringで寄付を募っている。
中絶したくないのは分かるし手術に金がかかるのも分かるが、なんだか素直に納得できない
当初の想定よりも金が必要だったということかもしれないが、最初から他人の善意を期待していたのではないかと邪推できるからだろうか
自分の子供を殺すこと (スコア:3)
中絶王国の日本からすると中絶をしない親に違和感がある人も多いかもしれませんが、胎児も自分の子供であると考えている人からすれば、中絶も自分の子供を「自分の意志で」殺すことには違いないわけで、流産とか病死とかとは別次元の話です。この件がどうなのかは知りませんが。
法的には人でなくても、科学的には胎児と人との境界があるわけではありません。世界的にみれば、年間に何十万人も「中絶」されている日本の方がおかしいと思われていそうです。
#「生存の必要のない命」とか誰がどういう資格で決めるんでしょうかね。正義の話ではありませんが、正解が分からなくとも不正解はわかる、ような。
Re: (スコア:0)
キリスト教徒の原理主義者か、それに毒された発想ですね。
世界=欧米、死=悪の固定観念に毒されていない(あなた以外の)日本人には、この話題に違和感があるって事。
Re:自分の子供を殺すこと (スコア:2)
> キリスト教徒の原理主義者か、それに毒された発想ですね。
それは思い込みというものでは?
親からみて、胎児が「自分の子供」であることは否定できないと思います。人工妊娠中絶が生きている胎児の生命を絶つことも否定できないと思います。辞書で「殺す」を引く [goo.ne.jp]と「他人や生き物の生命を絶つ」というのがありますから、これを「殺す」というのは間違いではないと思います。「胎児は生きていない」という主張は成り立ちますが、自分の体内で子供が生きていると感じる母親を否定できるものでは無いでしょう(繰り返しになりますが、この件がどうかは知りません)。
少なくとも私のコメント [srad.jp]では、欧米かどうかは関係がありませんし(ただし中絶の話は避妊具の普及やそれを購入できる経済環境かどうかなどは関係があると思います)、善悪の話はもっと関係がありません。どこにも善悪に触れていないつもりです。
# キリスト教云々をいうならカトリックの影響の強いラテンアメリカでは? 欧米の米に入っている?
私個人としては、中絶は母性の自己決定権の一部として尊重されるべきものと考えます。選択肢のなかで中絶する・しないを選ぶことについて、それが社会的要因で強いられたなどで無ければ他人がとやかくいうことでは無いかと。自分の人生のために中絶する人がいても、障害を持っている自分の子供を殺すことを考えられないという人がいても、それはその人の選択でしょう。