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「かはくオープンラボ」で貴重な標本資料を一般公開」記事へのコメント

  • > シンポジウム「理科教科書をオモシロクする」が行われます。

    おもしろくしなければならないとすれば、教科書よりも授業そのものかと。

    それはともかく、小中学校の時って、教科書おもしろく
    • by Anonymous Coward on 2003年04月18日 8時59分 (#300691)
      >それはともかく、小中学校の時って、教科書おもしろくなかったですか。

      正直あまり面白くなかったです。
      なんか内容が薄くって「これでは説明になってない」と子供心に思ってました。なんでこんな事を一生懸命説明しているのか?とか、なんでこんな説明でみんな納得するのか?って真剣に思ってました。
      既に知っている知識も沢山ありましたしね。正直学校の教科書も授業も面白くなかったです。学校は友達と遊ぶために行っていたようなもんです。

      満足できるようになったのは高校大学ぐらいからだったような気がします。人それぞれなんだと思いますよ。こういうのって

      #いま考えると嫌なガキだったんだろうなと思う。
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      • そういう人に必要なのは、教科書の改善よりも、飛び級制度ではないでしょうか。
        最も理解力や知識水準の高い子供を想定して教科書を作った日には、ほとんど誰も理解できなくなるだけでしょうし。
        親コメント
        • いや極論になりますが、教科書って単にポインタ示してるだけですから
          興味のある子ならそこから自分で調べて、小学校クラスなら簡単に(これも語弊のある表現ですが)理解できますよ。
          で、教科書なんかくだらなくなる。

          一方で興味を持てなければ、教科書だけでは理解するためには不十分な情報しか得られないので、
          教科書なんかつまらなくなる。

          まぁ、理解度別にっていうのもひとつの解ではありますが、
          やっぱり授業の進め方じゃないですかねぇ。

          実験ひとつにしても
          もうわかってる子には、知識を実地に試してみる機会になるし
          まだわからなかった子には、教科書が示していたモノが何だったか見てみる機会になります。
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          • >教科書って単にポインタ示してるだけですから

            本が(それがどんな本であるにせよ!)情報の終着点であるというか、
            本に書かれてることを読めばそれで「済む」、
            というような幻想を、そういや俺もガキの頃は持っていたような気がする。

            みなさんはどうだったっすか?
            例えば、下手に百科事典が手元にあると「そうか百科なのか。じゃあこれ「さえ」読んでおけばOK。」
            とか思ってしまったことって、無い?

            そうじゃなく、どこで目にした情報であろうが、それはポインタだったり不完全だったりするかも知れないから、
            そこから(あるいは別ルートから)手繰って更なる情報を得る、ということをして初めて意味が有る
            ということを、学ぶチャンスはなかなか無かったような気がします。

            一方で今は、それこそInternetのWebが「リンク」というもので成り立ってます。
            情報の「ポインタ」というものの存在を教えてくれるという意味では、
            (自分が子供じゃなくなったのでもう実感は出来ないので判りませんが恐らく)
            教育上凄く良い状況なのではなかろうか?と思っています。

            子供に百科事典を与えるのは良いことなんだろうか?とちょっと悩んでしまっています。
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      • 確かに、内容自体は「すでに知ってる」こと多かったですよ。
        私は、小学生の頃は読書といえば図鑑か事典でしたから。

        で、「なんでこんな事を…」とか、「なんでこんな説明で…」とか感じるところがあったら、
        授業でそこにさしかかった時に思い切り先生にツッコんでました。
        # 流し読んでても、意外にそういうところ覚えてるんですね。子供の頃って。

        さすがに高校クラスになると、まじめにやらないとついていけませんでしたが。

        > #いま考えると嫌なガキだったんだろうなと思う。

        趣味は違えど、私もそうだったろうなぁ(笑)
        親コメント
        • >で、「なんでこんな事を…」とか、「なんでこんな説明で…」とか感じるところがあったら、

          高校時代、ツッコミ過ぎて先生を泣かした事があります。
          若いうちは限度がわからなかったりしますが、まぁ程々に(苦笑

          ちなみにそれは私の苦手な国語だったのですが、担任の先生でもあったので私の方がオロオロしてしまいました。
          --
          凛々しく、あほらしく。
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          • >私の苦手な国語だったのですが、担任の先生でもあったので私の方がオロオロしてしまいました。

            飛び級って、科目別飛び級って出来ないのかな?
            で、芳しくない場合には、科目別落第(留年)とかね。

            科目によって好き嫌いで、当然理解度や進捗もあると
            思うのですよ。で、理科や社会や算数や音楽やら特定
            の科目で図抜けた子が、その図抜けた科目でのみ飛び
            級するということが出来ないから、飽きちゃったりす
            るわけです。好きな科目が陳腐と思う内容で、嫌いな
            科目が追いつかない高度さに見えるという状況だと、
            やはり学問的な目的で学校に行く意欲は萎えると...
            親コメント
            • >科目別飛び級

              特定科目だけ卒業して次の学校に進んだ場合、どうしよう?
              やっぱり科目ごと(=1時限ごと)に小学校と高校との間を往復する?(笑)

              学校という「物理的な」仕組みは、ちょっと融通性に欠けるかも知れません。

              SpecialInterestGroupというかCommunityというか、
              そういう感じのものが科目の数だけ有って、
              それに参加する (物理的な困難は適宜Netとかで補う)
              っていう形態になるのが、理想といえば理想ですね。

              #ちなみに人間関係もSIG/Community。
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      • by Anonymous Coward on 2003年04月18日 9時42分 (#300706)
        時代にもよるのかもしれませんが、最近の小学校の教科書をみると、「面白くしよう」という意図が透けて見えるけど安易にやっているような気がします。文字を減らし、写真やマンガ風イラストをふやせばいいと思っているだけじゃないかと疑ってしまいます。問題はイラストの質なのに。

        小学生時代には教科書はそれほど読まずに、図鑑が多かったですが、どうみても図表の質は教科書より優れていました。見た目を綺麗にかくのではなく、対象物の特徴をきちんと表現するようなイラストはそれなりの専門的な素養が必要だと思いますが、比べればその差は明らかでした。
        そういえば、イラストに関しては Scientific American/日経サイエンスのものは単色か2色刷りですが、レベルが高いと思いますね。

        あと、図鑑以外にも、自動車雑誌に掲載されていた自動車やエンジンの透視図にも萌えました。S-800とかR-380の時代ですけど。

        #今でも透視図表現が一番楽しいなあ。
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      • 私も面白いと思ったことは無いような気がします。 中学校1年の時の担任(国語)が図書室にブルーバックスを 揃えてくれたのでそれを読んだりしてました。 教える教えない、或いは、試験に出る出ないは、別にして コラムなどで詳しく説明があると良いと思います。 (参考書や辞典になるくらいの)
        • そういや、成績の良かった科目って、教科書に自分で絵を描いていたような気がする(笑)。

          え?悪戯描きじゃないですよー?授業の内容を(自分で)理解し易くするためのイラストですってば。

          #高校のときの化学の教科書はめちゃめちゃカラフルにしたのでG7。
          #化学反応の色を説明してる文面に、実際にその色を塗ってみたり。
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      • ”クラス担任制”ではやむを得ないんですよ。
        クラス担任になりゃ、本来の専攻が文学だろうが体育だろうが理学だろうが、そんな事情はお構いなしに国語・算数・理科・社会・・etc 基本的にはホボ全教科を教えざるを得ないんですもん。
        自分が不得意な教科なんて、教科書ぶんだけ教えるのが精一杯でし
        • by Anonymous Coward on 2003年04月18日 12時45分 (#300777)
          小学校って「教育学部卒」で「児童心理」とか「児童教育」等を学んだ人が「小学校教員」の免許をもらって、その人が先生になるのでは?つまり「専攻」は児童教育になると思います。

          中学や高校の教員免許は文学や理学、工学でも取れますけど、小学校の免許は無理だと思います。

          知り合いの小学校の先生に聞いたら、「全教科」にわたって満遍なく知識を持っていて、且つ児童心理等に詳しくないととてもじゃないが先生に採用されないって聞きました。

          昔はともかく今は教員に採用されるのが難しいので半端な人は先生になれないと思います。またなりたいとも思わないと思います。
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        • 小学校の頃、理科は担任ではない別の先生が教えていましたが
          その先生は理科が専門というわけではなく、担任を持ってなくて暇(?)なので授業の一部負担といった感じでした。

          疑問に思った事を質問をすると「俺は理科専門じゃないから知らない」と。
          子供心ながら、こういう大人にはなりたくないなぁと思ったものでした。

          # そんなに深い質問をした記憶は無いんだけどなぁ。
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