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「かはくオープンラボ」で貴重な標本資料を一般公開」記事へのコメント

  • > シンポジウム「理科教科書をオモシロクする」が行われます。

    おもしろくしなければならないとすれば、教科書よりも授業そのものかと。

    それはともかく、小中学校の時って、教科書おもしろく
    • >それはともかく、小中学校の時って、教科書おもしろくなかったですか。

      正直あまり面白くなかったです。
      なんか内容が薄くって「これでは説明になってない」と子供心に思ってました。なんでこんな事を一生懸命説明しているのか?とか、なんでこんな説明でみんな納得するのか?って真剣に思ってました。
      既に知っている知識も沢山ありま
      • そういう人に必要なのは、教科書の改善よりも、飛び級制度ではないでしょうか。
        最も理解力や知識水準の高い子供を想定して教科書を作った日には、ほとんど誰も理解できなくなるだけでしょうし。
        親コメント
        • いや極論になりますが、教科書って単にポインタ示してるだけですから
          興味のある子ならそこから自分で調べて、小学校クラスなら簡単に(これも語弊のある表現ですが)理解できますよ。
          で、教科書なんかくだらなくなる。

          一方で興味を持てなければ、教科書だけでは理解するためには不十分な情報しか得られないので、
          教科書なんかつまらなくなる。

          まぁ、理解度別にっていうのもひとつの解ではありますが、
          やっぱり授業の進め方じゃないですかねぇ。

          実験ひとつにしても
          もうわかってる子には、知識を実地に試してみる機会になるし
          まだわからなかった子には、教科書が示していたモノが何だったか見てみる機会になります。
          親コメント
          • >教科書って単にポインタ示してるだけですから

            本が(それがどんな本であるにせよ!)情報の終着点であるというか、
            本に書かれてることを読めばそれで「済む」、
            というような幻想を、そういや俺もガキの頃は持っていたような気がする。

            みなさんはどうだったっすか?
            例えば、下手に百科事典が手元にあると「そうか百科なのか。じゃあこれ「さえ」読んでおけばOK。」
            とか思ってしまったことって、無い?

            そうじゃなく、どこで目にした情報であろうが、それはポインタだったり不完全だったりするかも知れないから、
            そこから(あるいは別ルートから)手繰って更なる情報を得る、ということをして初めて意味が有る
            ということを、学ぶチャンスはなかなか無かったような気がします。

            一方で今は、それこそInternetのWebが「リンク」というもので成り立ってます。
            情報の「ポインタ」というものの存在を教えてくれるという意味では、
            (自分が子供じゃなくなったのでもう実感は出来ないので判りませんが恐らく)
            教育上凄く良い状況なのではなかろうか?と思っています。

            子供に百科事典を与えるのは良いことなんだろうか?とちょっと悩んでしまっています。
            親コメント

にわかな奴ほど語りたがる -- あるハッカー

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