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坂村健に紫綬褒章」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward
    池田信夫氏の TRON に対する見解 [hotwired.co.jp] を読んでおきませう。
    • TRONの業績って何なんでしょうね。組み込みOSとか、交換機のOSとか、はたまた文字コードとか、そういったものに同じ名前をつけただけという感じもするし。彼が言い出す前からそれらの元になる実装をしていた人の業績が語られないのも怪しい感じがします。TRON全部をつらぬいてい
      • > 小説の方が先にそういう世界を描いている。

        例えば、月世界旅行を引き合いに出して現在の宇宙開発をそう言うレベルで語るかな?
        SF は SF です。夢を語る分には良いですが、実装と同列に扱ってはいけません。
        • 坂村さんが実装したのはどこ?たとえばITRONの手柄は、インターフェースを統一したことだけのように見えます。それは政治的な活動としては評価しますがTRON全体の評価ではありえません。実装も(セマフォとかタスクの状態遷移とか)、ユビキタスという夢も、彼のオリジナルとは思えない。もちろん、いろんなものを総合するという
          •  工学社「サイバーX(1997年5月発行)」に詳しく載っておりました。
            その中で感銘を覚えたのが、同じ環境を提供するためには、特定のハードウェアにこだわらない「弱い標準化」ということです。
             それによると、TRONは車に例えるなら「カローラ」や「ベンツ」といった特定車種ではなく「自動車」という概念、つまり「Mac」でも「Windows」でもなく、「コンピュータ」を目指していると。
            エンジンもタイヤも、塗装もメーカーの工夫次第。
            新型エンジンが出ても「自動車」の概念は古くならない、それと同じ事をコンピュータに持ち込もうとしたんだそうです。

             ライタ
            • > <コンピュータの専門家をF1ドライバーに例えるなら、我々は一般のドライバーだ。街に買い物に出るのに、F1マシンは要らない。

              フェラーリのスーパーカー(ってのかな:F1ではなく公道車製品のほう)って、
              スポーティに乗っても快適だし、ちょっと買い物(笑)に乗っても快適なのだそうですね。
              #真偽の程は知りません。「きいたはなし」なんで。ただ、そういう概念が存在することは常に可能ですね。

              走り以外の全てを切り捨てたF1はそりゃ我々から見れば価値は低いですが、
              それとは別に、色々な面を考えて作った上記の車のような進化形態もある、んだと思います。

              そんな高価な車の話を
              • あなたはTRONに関して何も知らないでしょう?

                まず、一般のコンピュータとTRONの目指しているコンピュータを
                F1マシンと一般大衆車に例えるのは適切ではありません。

                TRONが目指しているのは次のようなことの「標準化」です。

                「車だったら右がアクセル、左がブレーキと決まっているのに
                 コンピュータは各製品で操作方法がバラバラだ。今後、社会に
                 コンピュータが広まるにつれ、それでは具合が悪い。
                 GUIなどの機能や表現方法は統一すべきだ」

                ここで、誤解してはならないのは、「統一」といっても「丸いボタンは
                いいが、四角いボタンはダメ」というようなガチガチのものでは
              • >あなたはTRONに関して何も知らないでしょう?

                うん。

                >GUIなどの機能や表現方法は統一すべきだ」

                >「弱い標準化」と呼んでいるものです。

                ふむふむ。なるほど。了解。

                で、そうすると、「どこまで標準化できるか」と「どこまで標準化しないと意味が無いか」
                という2つの話の、トレードオフになるような気がするんですが、そういう認識でいいですか?
                前者は「あんまり強すぎない標準化を」の話であり、
                後者は「あんまり弱すぎない標準化を」の話です。#縛りが弱すぎれば規格は無いも同じなんで。

                #じゃあ1ディスクにファイルを2^16個より多く置けるようにしてもいいんですね?とか(^^;

                >これにより、TRONの作法に則った製品の操作を、誰でも簡単に
                >習得できるようすることを目的としています。
                >(効能には、誤操作が減ることもうたっていたハズ)

                そういや(歴史的先輩後輩関係は俺は知りませんが)、Appleとかのガイドラインも
                そういう話をしていたんでしたっけ…

                で、そういうことをどこの陣営(?)もやっていて、
                かつもしどこもそれなりにWellDesignedであったならば、
                どこを選択するかは「ブランド」の問題になりそうですね。

                #ブランドを選択(笑)する基準として、超漢字の画面を見る、ってのは論外なんでしょうか?論外ならそれはそれで安心するんですが。

                >そもそも、適用範囲として考えているのが、パソコンなんかの
                >範囲にとどまりません。当初から家中にマイコンをばらまく
                >つもりでしたし、人間が扱う可能性のある装置すべてが想定される守備範囲です。
                >(ITRONだと開発者相手の話に変わってくるが、似たようなもん)

                あんまり手広いと、今度は共通化しにくくなるんで、落とし所をどうしてるのかな?と思いまして。

                UIの問題だけなら、規格者はのうのうとして(ごめん)実装者が頑張る(地獄をみる)、というソリューションでも
                実現できちゃいますが、開発側から見ても同じだとしたら…え?やっぱり地獄?うーん?

                >> 本当にその概念が「古くならない」ことを保証できるか?という問題があります。
                >TRONの目標を考えると、非常にくだらない問題です。

                「何が人間にとって嬉しいことなのか」自体(の認識)が覆ることは、
                さほど規模が大きくない問題においては、結構しばしば起きているような気がしますが…
                #チャイルドシート?

                どんな上位概念だって、古くなる日は来ないわけじゃないんで。
                だから、標準化されたモノで日常生活が包まれるとなると、「大丈夫かな?」と思ってしまうわけです。
                親コメント

弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家

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