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津波の予見性が争点となった裁判、石巻市大川小の教職員は津波の到達を予測できたとの判決」記事へのコメント

  • インフラ関係者なので実際に現地を視察したことがありますが

    ・大川小学校から海は見えないほど遠く、しかも文字通り山の向こう側にある
     入江の河口からでも4km、東京ならば距離的に秋葉原や恵比寿あたりの話です。
     現地に行っても「ここまで津波が来たのか…しかも数mもの高さで…」と思うような立地です。

    ・裏山は木々が茂り下草も子供の背丈程度あり、大人でも四つん這いでないと登れない非常に急な法面
    2m間隔程度で植林されているため見通しも悪く、危険な法面を登り続けても先に拓けた箇所はありません。
    転落すれば直下は舗装道路ですし命の危険もあります、普段は立ち入りも禁止

    • Re: (スコア:2, 興味深い)

      by Anonymous Coward

      いや
      現地には
      「いのちてんでんこ」
      という言い伝えが残ってるんだよ
      地震があれば、とりあえず身一つで逃げろという意味
      だから複数の生徒が山に向かって逃げ出した
      ところが教師はその生徒をつかまえて叱りつけたんだよ
      生き残った他の生徒が「このままではみんな死んでしまう」と教師に抗議していたのを聞いてるんだよ
      ところが教育委員会はその証言を揉み潰そうとしたんだよ
      報告書からは消されメモも廃棄されたんだよ
      さらに言えばまだ校庭にいれば波を見てから走っても山に辿りつけた
      わざわざ逃げ場のない高台とは名ばかりの場所に移動しようとしたから被害が大きくなったんだよ
      だから実際には予見性云々というレベルの問題ですら無い

      • by Anonymous Coward on 2016年10月31日 20時52分 (#3106563)

        石巻市て広い。

        大川小があるあたりは古い石巻市の中心部で、藩政時代から港があって、
        慶長の大地震(3.11の地震規模)で津波が来たかもしれない(記録あるのかな?)が、
        明治・大正・昭和の被災では港近傍の低地は津波被害にあったが、
        ハザードマップで大川小が「指定避難所」になっていたように、
        近代以降の被災では安全とされた記録が積み重なっていた。

        現地には
        「いのちてんでんこ」
        という言い伝えが残ってるんだよ

        ほんまに?

        wikipediaでは次のように書かれている。

        この言葉が古くからの言い伝えではないということは、山下自身が著書『津波てんでんこ』でハッキリと明言している。その経緯から、防災の意識を高めるための標語として「津波てんでんこ」という言葉が使われるようになったのは、1990年以降のことである。」

        https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E6%B3%A2%E3%81%A6%E3%82%93%E3%... [wikipedia.org]

        確かに「『てんでんこ』を語り継ぐ」って、2011年以降に多くの新聞記事でみたが、
        それを「東北地方で広く、以前から伝承されていた」って記憶を曲げてない?

        親コメント

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