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タッチタイプ言語」記事へのコメント

  • プログラム言語には、その言語で書かれた文書内に、
    ・小さな固まりが有り、因果関係を同じくする文が
     集まっています。
    (それらの間は、空行で仕切られたり、波かっこで
     仕切られたりします。図形的な言語では、もっと
     はっきりした枠で仕切られます。)
    ・それより大きな固まりが有り、時制を同じくする文が
     集まっています。
     さらに、その大きな固まり間には、「前・次」の
     概念が有ります。
    (MSのLINQの様に、『同じトランザクション内では、
     「前・次」が無い』なんてのも有ります。
     有るキーでDELETEしてからINSERTしようとしても
     「前・次」が無いので意図した通りにならない事が
     有りました。)
    ・それより大きな固まりが有り、因果の地平(スコープ)
     を表します。
    (ただし、依存性注入とかいう技術で、違う因果関係
     を持った文たちを、特定の時制の中に注入する事も
     有ります。)
     
    この様な言語の成り立ちは、他の言葉・言語と同じように、
    その言葉・言語の発声・発話の仕組み(口に出したり、手で
    書いたりとか)に便利な様に図らずも仕組まれてしまう
    のが自然で、
    タッチタイプの仕組みに便利な様に仕組まれていると
    考えるのが自然だと思います。
     
    タッチタイプなどで打っている最中は、
    ・時制はある程度広い範囲で「同じである」と出来る。
    ・タッチタイプに脳を使っている最中には、それほど大きな
     因果関係を考える事が出来ない。
    という人間の制約ゆえの仕組まれです。
     
    また、因果関係が同じで、時制も同じなのに、 "違う"小さな
    固まりに分けてしまうのは、
    ・小さな固まり間でキャラが被る
    ので良くないのという性質も有りますが、
    これはそうしない様に慣れる必要が有ります。これについては
    実際にタッチタイプして慣れていくより無いと思います。
     
    写経は、その様な「仕組まれ」を追体験する効果が
    有るのでは無いでしょうか?

UNIXはただ死んだだけでなく、本当にひどい臭いを放ち始めている -- あるソフトウェアエンジニア

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