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米国の学校でドッヂボール禁止」記事へのコメント

  • by G7 (3009) on 2001年06月23日 13時42分 (#3352)
    >日本の武家社会も、刀に対する意識教育はしっかりしていたことでしょう

    でもやっぱり殺しの道具なんだよね。
    他の価値を見出す自由はあっても、別問題として。
    そこを間違えると、刀を持たない平民(笑)に大いに恨まれることとなる。

    銃だって同じだ。
    というか、飛び道具であり人力でない武器であり
    そういった各種現代的特徴を備えた(つまり効率ばかりが
    改善されている)武器である分だけ、刀よりたちが悪いんで、
    Ericみたいに銃を許すのはメリットよりリスクのほうが肥大しすぎ。
    俺は絶対駄目だと思うね。

    銃を持ってる人は刀よろしく(というか西部劇?)必ず
    腰に2丁を見えるように下げる義務
    (または強固な社会道徳:義務も道徳も
    抜け道が幾らでもあるので緊急時は無意味だが)
    とかでも存在しない限り、銃の許可は不公平すぎ。
    銃所持者を忌避するならばその人に近づかないようにする、
    というリスク回避方法を取ることが事実上不可能。

    つまり2人の人間は互いに、まさに相手が銃を抜く瞬間までは
    「銃を持たない平民」と同じ状態にあるわけ。

    で話を戻すと、到底殺せない道具であるドッジボールを
    封じるのは、どう考えても馬鹿。
    自分の残虐性に(安全に)気付くチャンスくらい
    子供に残してやれよ。
    刀がこれ見よがしに提げられてるのも
    残虐性の刻印(カインの印?)と捉えることが出来るんだから。

長期的な見通しやビジョンはあえて持たないようにしてる -- Linus Torvalds

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