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ゲームが文学作品のように評価されない理由は」記事へのコメント

  • 「ゲーム」といえばビデオゲーム、という状況から少し考えてみる。
    ビデオゲーム登場以前のゲームといえば囲碁やカルタもゲームに違いない。
    また、パチンコやピンボールなどもゲームとして存在はした。
    こういったゲームは、おそらく「単純な遊戯」との位置付けにより、深くは顧みられなかった。
    たぶんビデオゲームは、上の流れにはあるが、それとは異なる「疑似体験」をも伴っている。
    それは従来の小説や映画などと重なるものであろう。

    ただし、小説などとも決定的に異なる点がある。
    製作者から受容者に一方的に環境を提供するものでない、ストーリーのインタラクティブ性である。
    何人かが既に指摘している通り、おそらくそれが最も評価しにくい点だと思う。

    あと、情報コンテンツとしての、「揮発性」が高すぎることも原因にありそうだ。
    ソフトのバージョンアップやプラットホームの変化などを考えると、半世紀前の映画などと同列には扱えない。

    • by Anonymous Coward on 2018年02月20日 13時23分 (#3364364)

      >囲碁やカルタ

      そっちはそっちで文学性だとかとは別の方向で追求されているんでは?
      #囲碁将棋チェスは勝負からゲーム理論方向へ、カルタ(百人一首)はスポーツ方向へ

      親コメント

吾輩はリファレンスである。名前はまだ無い -- perlの中の人

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