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東京五輪ボランティアに参加した学生に大学の単位を与えることの是非」記事へのコメント

  • >対価を求めてボランティアを行うことはボランティアではない

    勘違いしている人が多いが、
    ボランティアとは、もともと
    voluntary(自発的)
    という言葉から出てきたように、自らの意思が重要で、対価を得るかどうかは全く無関係。
    日本では、「滅私奉公(私を滅し、公に奉ずること)」のような概念に、
    引きずられて誤解されているのではないか。

    ボランティア活動で大事なのは自発性と継続性。
    ボランティアのサービスを受ける人にとっては、ボランティアが途中で辞めたりされたら、
    迷惑なので、継続を担保するために対価を払うのは自然こと。
    • by Anonymous Coward

      日本のボランティアの考え方に最も適した言葉は有志だと思うんですよね
      でも対価があるボランティアって突き詰めて考えていくと結局仕事と変わらないのでは?

      • by Anonymous Coward on 2018年09月08日 10時43分 (#3476619)

        現在、自発と対価の問題について、ぼんやり考えている。

        あるボランティア活動(無償)をやっていて、参加メンバーの誰が何をするのか、はオンライン/オフラインの対話の中でおのずと決まってゆく。
        が、それ以外にも手伝ってくれる人もおり、一定人数の協力を得ている。

        余所目から見ればどちらも「ボランティア」のはずだけど、「自分たちのやりたいことを自分たちで決めて自分たちで実行する」者たちと、「彼らの決めごとに従って動く」者に分かれてしまっている。
        明示的に「決めて」いるわけではないが、後者の立場しか知らなければ、「壁」が見えるに違いない。

        前者はともかく、後者のやってることは、「業務」に近い気がする。

        親コメント

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