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東京五輪ボランティアに参加した学生に大学の単位を与えることの是非」記事へのコメント

  • >対価を求めてボランティアを行うことはボランティアではない

    勘違いしている人が多いが、
    ボランティアとは、もともと
    voluntary(自発的)
    という言葉から出てきたように、自らの意思が重要で、対価を得るかどうかは全く無関係。
    日本では、「滅私奉公(私を滅し、公に奉ずること)」のような概念に、
    引きずられて誤解されているのではないか。

    ボランティア活動で大事なのは自発性と継続性。
    ボランティアのサービスを受ける人にとっては、ボランティアが途中で辞めたりされたら、
    迷惑なので、継続を担保するために対価を払うのは自然こと。
    • by Anonymous Coward on 2018年09月08日 14時50分 (#3476751)

      そもそも「無償性」が尊いとされてるのって、対価を受け取らなくても生活基盤が他にある人間以外はお断りという話だからね。
      一部スポーツの「アマチュアリズム」って貴族以外が入ってくるんじゃねーよって差別思想が発端にあるもの。
      既に廃止されたけど近代オリンピックのアマチュアリズムもその発想。

      それがなぜか、無償労働が尊いという曲解がいつの間にかなされるようになって、ついにここまで落ちたかという感じ。
      だいたい運営が商業ベースになってるのに労働力だけ無償で当たり前と考えるのは狂ってる話だ。

      親コメント

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