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ウィザードリィとウルティマ無くしてドラクエは語れないですよね。
ファルコムのぱのらま島か光栄のダンジョンのほうがさきだったような
光栄「 地底探検 [8-bits.info]」1982年3月光栄「クフ王の秘密 [gamepres.org]」1983年5月日本ファルコム「ぱのらま島 [big.or.jp]」1983年11月光栄「ダンジョン [8-bits.info]」1983年12月BPS「
ASCIIに掲載されてたアレフガルドとか、市販だとポイボスPART1とかもっと早くなかったかな
アレフガルドじゃなくてアルフガルド。83年5月号掲載らしいのでブラックオニキスより早い。ポイボスは84年だけど実際の発売でブラックオニキスとどちらが早かったかは不明。(ちなみにPart2以降は出なかった)
PC-8001の聖剣伝説かと思っていたら83年9月号掲載だった
ザナドゥのころはメモリの制限からゲームのデータが少なく、ゲームが1日ですんなり終わってしまうと「金返せ」という罵声が送られてきたそうで。だから難易度を高めにしたほうが長く楽しめそうでうけた。アドベンチャーゲームも言葉探しに四苦八苦しながら難関を突破した時の達成感が楽しみの多くを占めていた。イースあたりは媒体の大容量化でゲーム自体のボリュームが増えたのでやさしくしても満足感に問題なくなったという感じでは。
それ以上に、アドベンチャー三部作の影響があると思うんだよね。
そうだなあ。ドラクエ1はRPGのゲーム盤の上に作ったアドベンチャーのような様相がある。これを見て多くのプレイヤーがRPGって面白いんだなと思ったんだけど、あれがRPGだから面白かったのかというと今少し疑問が湧いてくる。
今でいうゲーム内チュートリアルが多少なりとも入っていた間口の広さは特筆すべきかと。(冒頭イベントで基本コマンドを強制的に使わせる)
ただ、マイコンRPGに馴染んでいた堀井さんもテストプレイするまでその事には気づかなかったようですが。最初のバージョンではいきなり街の外からスタートさせていたが、RPGのお約束がわからないプレイヤーは街に入って装備を整えるという発想がなく、そのままフィールドで死んでいたとか。
個人的にはすぎやまこういちの音楽があればこそだと思っている。むしろ、ドラクエのもっともエポックメイキングなところは音楽だと思っている。
夢幻の心臓に似ているとはよく言われますね。ウルティマって日本じゃスタークラフトの移植したAppleそのままの地味な画面で国産機では誰もやってなかったような。
正:夢幻の心臓
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UNIXはただ死んだだけでなく、本当にひどい臭いを放ち始めている -- あるソフトウェアエンジニア
底の浅いバカが書いてるだけじゃん。 (スコア:5, すばらしい洞察)
ここにいる諸兄でも1時間は語れるだろう。
ただま,知らないことがなかったことになるのは、仕方ない部分もあるが、
てめえらにサブカルを語る資格はねえよ、とは言いたいかな。
浅いんだよ、「自分が知ってることが世界のすべて」みたいな感じがよ。
Re: (スコア:0)
ウィザードリィとウルティマ無くしてドラクエは語れないですよね。
Re:底の浅いバカが書いてるだけじゃん。 (スコア:1)
なんにせよ、この本に関わったライターは「無知で不見識」をさらけ出した訳で、今後ゲーム関係で仕事はできないよ〜な。
万人がまともにクリアできるRPGの走り (スコア:2)
その後のドラゴンスレイヤー・ハイドライドだし、ARPGがメインだったんですよねえ。
ゼルダはこの方向から出たものですよねえ。
つーか、ドラクエよりゼルダの方が先って知ってるんですかねえ、あの人たち。
ドラクエのすごいのは、当時のあの容量で、
ほかのゲームだったら端折るストーリーをゲーム上で語らしたことだと思うの。
ウルティマやウイズの影響もあるけど、
それ以上に、アドベンチャー三部作の影響があると思うんだよね。
マップ移動の軽井沢の次にドラクエ、というのはとってもシックリくる。
まあ、オホーツクのころから、コマンド選択やってたわけで、
RPGの文法をアドベンチャーに取り入れ、
一周回ってRPGを作ったことにドラクエの意義があるのかもしれない。
あと、ゼルダと謎のムラサメ城がそれなりに鬼難易度だったことを考えると、
ドラクエのやさしさは格別だったように思える。難易度も当時としては絶妙だったし。
ドラクエのやさしさがイースでARPGにも表現されるようになり、今に至る、というか。
ファルコムのブランディッシュも難しかったけど、ザナドゥのような鬼畜じゃなかったし。
その源流としてドラクエを求めるなら、わかる気がする。
Re: (スコア:0)
ファルコムのぱのらま島か光栄のダンジョンのほうがさきだったような
Re:万人がまともにクリアできるRPGの走り (スコア:2)
ダンジョンは開発自体はブラックオニキスの後らしいので。一応そこらを踏まえてブラックオニキスを挙げてみた。
Re: (スコア:0)
光栄「 地底探検 [8-bits.info]」1982年3月
光栄「クフ王の秘密 [gamepres.org]」1983年5月
日本ファルコム「ぱのらま島 [big.or.jp]」1983年11月
光栄「ダンジョン [8-bits.info]」1983年12月
BPS「
Re: (スコア:0)
ASCIIに掲載されてたアレフガルドとか、
市販だとポイボスPART1とかもっと早くなかったかな
Re: (スコア:0)
アレフガルドじゃなくてアルフガルド。83年5月号掲載らしいのでブラックオニキスより早い。
ポイボスは84年だけど実際の発売でブラックオニキスとどちらが早かったかは不明。
(ちなみにPart2以降は出なかった)
Re: (スコア:0)
PC-8001の聖剣伝説かと思っていたら83年9月号掲載だった
Re: (スコア:0)
ザナドゥのころはメモリの制限からゲームのデータが少なく、ゲームが1日ですんなり終わってしまうと「金返せ」という罵声が送られてきたそうで。
だから難易度を高めにしたほうが長く楽しめそうでうけた。アドベンチャーゲームも言葉探しに四苦八苦しながら難関を突破した時の達成感が楽しみの多くを占めていた。
イースあたりは媒体の大容量化でゲーム自体のボリュームが増えたのでやさしくしても満足感に問題なくなったという感じでは。
Re: (スコア:0)
それ以上に、アドベンチャー三部作の影響があると思うんだよね。
そうだなあ。
ドラクエ1はRPGのゲーム盤の上に作ったアドベンチャーのような様相がある。
これを見て多くのプレイヤーがRPGって面白いんだなと思ったんだけど、あれがRPGだから面白かったのかというと今少し疑問が湧いてくる。
Re:万人がまともにクリアできるRPGの走り (スコア:2)
育成要素と,リソース管理,(理不尽な)謎解きの3要素なんだよね。
ただし,どれかに懲りすぎて神バランス,と呼べるのは少なかったというか。
まあ,究極のリソース管理ゲーのザナドゥが40万本売れちゃうような時代だったわけだけど。
そんなとき出た,ドラクエはすべての要素を表面上だけ掬ってるため奥は深くないけど,
間口は広いものだったというか。
Re: (スコア:0)
今でいうゲーム内チュートリアルが多少なりとも入っていた間口の広さは特筆すべきかと。
(冒頭イベントで基本コマンドを強制的に使わせる)
ただ、マイコンRPGに馴染んでいた堀井さんもテストプレイするまでその事には気づかなかったようですが。
最初のバージョンではいきなり街の外からスタートさせていたが、RPGのお約束がわからないプレイヤーは街に入って装備を整えるという発想がなく、そのままフィールドで死んでいたとか。
Re: (スコア:0)
個人的にはすぎやまこういちの音楽があればこそだと思っている。
むしろ、ドラクエのもっともエポックメイキングなところは音楽だと思っている。
Re: (スコア:0)
夢幻の心臓に似ているとはよく言われますね。
ウルティマって日本じゃスタークラフトの移植したAppleそのままの地味な画面で国産機では誰もやってなかったような。
Re:底の浅いバカが書いてるだけじゃん。 (スコア:2)
無限の心臓Ⅱを、堀井雄二の表現手法で表現したのがドラクエ、ともいえるというか。
ただし、無限の心臓Ⅱ自体がウルティマに倣ってるので、
同じものを参考にすれば同じようになる、という感じもある。
ドラクエはウィズ式のランダムエンカウントだしね。
ただまあ、1985年末から1986年、パソコンにはザナドゥがあり、ファミコンにはなかった。現実とは残酷なものよ。
Re: (スコア:0)
正:夢幻の心臓