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著作権が著作者の利益と公共の利益の折り合いをつけるためにある概念だとするならば、後進の育成のためには、一流の絵画の模写は非常に有益であり、ひいては文化の発展につながると思えるからです。
もっともな意見ですが、私は美術館
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※ただしPHPを除く -- あるAdmin
何ら問題ないのでは? (スコア:0, フレームのもと)
美術館もどうかと.著作権ってこの場合に問題になるの?わが国の美術館は撮影とか写生を厳しく制限しすぎ.
書籍とは何に価値をつけているものなのか (スコア:3, すばらしい洞察)
ソフトウェアを購入するときに、円盤にではなく収録されているソフトウェアにお金を払うように。
人間の記憶力は乏しいので、立ち読みでは完全な情報のコピーを脳に残すことはできないので、紙というメディアに定着した情報が売れるわけです。
それが、部分的にせよコピーして持ち出せるとなれば、現在の書店のスタイルを根本から考え直さなくてはいけなくなってきます。
お金を払う意思は無い、でもあの情報は欲しい、そんなのは単
Re:書籍とは何に価値をつけているものなのか (スコア:1)
(美術品そのものより)相当に安価に販売されます。あるいは画集とか。
もっともな意見ですが、私は美術館
Re:書籍とは何に価値をつけているものなのか (スコア:1)
印刷では忠実に色が再現される訳ではないですし、筆跡など
は論外です。
模写の場合、オリジナルを見て模写することに意味があるのです。TPOさえわきまえることが
How about MOSYA? (スコア:0)
何の意味があるんですか?
著名な作品ならば画集に収録されているわけで、
その場で自分の感覚を頼りに模写する行為というのは
自己満足でしかなさそうです。
また、展示品の模写でも博物館にある展示
Re:How about MOSYA? (スコア:2, すばらしい洞察)
> 何の意味があるんですか?
美術の勉強に大いに役立ちます。
・構図
・色
・色の配置
・筆致
・形状のデフォルメと効果 ETC ETC
>著名な作品ならば画集に収録されているわけで、
画集での代用では 次の点で不十分です。
・大きさ
オリジナルの大きさで収録されている画集ばかりではありません。
(むしろ少ないかも)
また そもそもオリジナルがデカイ(3m×8mの壁サイズとか)ので 物理的にムリということもあります。
・筆致
大きさとも絡みますが
Re:How about MOSYA? (スコア:0)
>・構図
>・色
>・色の配置
>・筆致
>・形状のデフォルメと効果 ETC ETC
そういうことは自分の記憶と画集からやってほしいですね。
日本の美術館で模写厨がいても鑑賞の妨げにならない
十分なスペースを確保している施設がありますか?
どこも基本的に展示物と柵と必要最小限の通路
という構成になってい
知らずに叩くな。 (スコア:0)
> 十分なスペースを確保している施設がありますか?
日本の美術館は概ね十分なスペースがあります。
特別展示の時や休日は混雑のため模写できませんが、
平常ならば鑑賞の妨げにはなりません。
スペースが十分かどうかは混雑の度合いによります。
開館日全て混雑している美術館というのは、
国内では聞いた事無いです。
もちろん混雑時は模写し
叩かれる理由 (スコア:0)
特別展示の時や休日は混雑のため模写できませんが、
平常ならば鑑賞の妨げにはなりません。」
そこまで言い切る自信は何処から来るのですか?
単なる思い込みならまだしも、
何か客観的根拠があるなら示してください。
本当に模写が鑑賞者の邪魔にならないと思っているなら
次の写真を見てください。
そして自分が模写する人ではなく、後から来た鑑賞者の立場になって
考えてみてください。
資料1 [airnet.ne.jp]、資料2 [tsukaeru.net]
どちらの資料も日本の美術館よりも広い展示スペー
何を叩いてる (スコア:1)
> 模写は美術館の規則の下で行う事です。
と書いてらっしゃいます。別に美術館内での模写を頑なに肯定しているわけではありません。
他の来館者に対して迷惑かどうかは美術館が判断すること。あなたが判断することでもないでしょう。
資料としてあげられているページのコメントも、模写している人の存在に驚いてはいるようですが、「(後から来た鑑賞者である)自分にとって迷惑であった」とまでは書いてないように思いますよ。