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「内向的」だからといって幸せが得られないわけではない」記事へのコメント

  • by nnnhhh (47970) on 2018年10月30日 19時34分 (#3507085) 日記

    > 「自分が内向的」であることに満足している人は、幸福度や自己受容度などのスコアが高い
    そりゃ内向的だろうが外向的だろうが自分に満足していれば幸福度も需要度も高いでしょうよ

    ってかリンク先によれば
    > 自分の内向性に満足している人は「もっと外向的になりたい」と考えている人に比べて
    > 「自分は本物である」という感覚が強かったということ。
    > また、これらの人は外向的な人が経験しているレベルのウェルビーイングに近い値を
    > 記録していたそうです。
    それでも「外向的な人に「近い」レベル」であって超えてるわけでもないんじゃん

    そもそも「内向的な人のほうが幸せになりにくい」と言うのが事実だったとしても
    「幸せになれない」わけではないのだから、
    記事タイトル『「内向的」だからといって幸せが得られないわけではない』は煽りがひどい

    なんかなぁ

    • by nemui4 (20313) on 2018年10月31日 9時06分 (#3507353) 日記

      >記事タイトル『「内向的」だからといって幸せが得られないわけではない』は煽りがひどい

      頭から「内向的=ダメ」感が漂ってますね。

      #確かにパリピはみんな幸せそう。

      親コメント
    • by Anonymous Coward

      内向的な人の方がある程度の評価や地位が得られれば、それに満足できるという可能性はあるのでは?
      外向的な人は「俺はもっとできる」と思ってる人が多い気がします。
      あるいはカリスマレベルの出来る人に触れた時に内向的な人は「ほえー、俺なんかとてもムリだわ」と考えるけど、外向的な人は「俺もあのレベルを目指すぜ」って反応しちゃう、というイメージがある。
      もちろんダメな陰キャが「明日から本気出す」って現実逃避してるパターンもあるけど。

長期的な見通しやビジョンはあえて持たないようにしてる -- Linus Torvalds

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