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教える人がコギャルだった。 という例えができます。
今回の場合、外国人に日本語を教えようという企画で、 教える人がコギャルだった。 という例えができます。
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アレゲはアレゲを呼ぶ -- ある傍観者
Beからの返信 (スコア:4, 参考になる)
Re:Beからの返信 (スコア:3, すばらしい洞察)
リンク先見ました。
確かに、表示できればOK、それ以外は触れないというスタンスなのですね……。
でも引用のこの1節、私としてはなるほどと思います。
自然言語もプログラミング言語も、目の前で目的を達成してみせること(ここでは、単純にHTMLで文字の大きさを変えたり、リンクを設定したりできることだけ)が理解の最大の助けとなります。
「このHTML講
Re:Beからの返信 (スコア:2, すばらしい洞察)
今回の場合、外国人に日本語を教えようという企画で、
教える人がコギャルだった。
という例えができます。
文法や綺麗な日本語、イントネーション、アクセントなんてどうでもいい。
通じれば良いんだ。というならそれでもいいのかもしれませんが。
綺麗な日本語、汚い日本語、正しい日本語、間違った日本語があるのならば、
綺麗なHTML、汚いHTML、正しいHTML、間違ったHTMLもあるのではないでしょうか?
Re:Beからの返信 (スコア:0)
Re:Beからの返信 (スコア:2, すばらしい洞察)
新聞社が主催する日本語教室に行ってみたら「教える人も日本語が下手な外国人だった」。
その講師の日本語が間違っていると日本語が達者な人や国語教師等が指摘する事はありかと。
>外国人が日本に来て始めてであった相手がコギャルだったとしたら。
初めてパソコンを買った時に近所のオタク風な詳しくない少年にセッティングして貰うのと同じ事か?
Re:Beからの返信 (スコア:0)
Re:Beからの返信 (スコア:0)
HTMLはHTMLとして整っているだけでそれなりに美しく、またHTMLとしてDTDに一致いていないスパゲッティなソースをHTML文書とは呼ばない。それをHTML文書もどきという。
間違ったHTMLというのは多分ない。それはおそらくHTMLではない。
まあ、綺麗・汚い言うのはHTMLとしての要件を満たしてから問われるものであって、多くの人がHTM
Re:Beからの返信 (スコア:1)
ごもっとも。現在のコンピュータの能力ではマニュアル人間の仕事さえできないのです。しかし、いつかはできるようになってほしいと思います。
定義された言語であるHTMLですが、いろいろなところで勝手気ままに拡張され、勝手気ままに運用されるHTMLモドキをもう少し広く捉えて考える「定義されないHTML(みたいなもの)」みたいな概念があってもいいのではないかと思います。
なんというか、コンピュータは何かのインターフェースに一致していない煩雑なデータを扱う能力がなさ過ぎるのではないかと思うことがありますが、そういう能力をコンピュータに求めてもいい時期が近づいているような気がします。
Re:Beからの返信 (スコア:0)
現在Webを席巻しているのはこっちのほうだと思いますよ^^;
もっとも、miri氏の意図しているであろう自由度の高いものではありませんけどね。
>そういう能力をコンピュータに求めてもいい時期が近づいているような気がします。
将来的にはそのようになることが望まれています。しかし、それは今のことではないのです。未来がそうあることを願いながらも、コンピュータ
Re:Beからの返信 (スコア:0)
Re:Beからの返信 (スコア:0)
まぁ、それはそれでありだと思うけど。