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単にきれいとか心動かされるって言うのとこの文脈では~とか趣向が~とか言うマニア的楽しみがあると思うんですよね
この人は単にマニア的楽しみを極めすぎて前者のことを失念しちゃったんじゃないでしょうか後者に嵌りすぎると前者のこと忘れたり軽視したりしがちですよねそんでいわゆる「にわか」をたたき出しちゃうんじゃないかなーとか
> 単にきれいとか心動かされるって言うのと
現代芸術はこれを排除していますよ。
なるほどであれば現代芸術はなぜ芸術であるなどど名乗るんですかねポンペキポーとか名乗れば素人に絡まれなくてすむのに
古典物理学から量子物理学にかわったときにポンペキポーと名乗らなかったのと同じです一見、皮膚感覚でとっつきやすそうに見えるから、素人が絡んでるんですよ物理や数学に絡む素人はまずいないけど、経済学とか進化論には絡む素人が多いとクルーグマンも言っているしかし量子物理学などと同じく、どの学問・芸術でも皮膚感覚を捨てなければ先には進めないはっきりいって最先端の物理学も芸術も、ほとんどの人には無縁のものだし、口を出してもみっともないだけですその成果は何十何百年たてば社会に還元されますが
素人が芸術だと思っているものは娯楽なんですよ古典芸術は、芸術教育や娯楽作品を通じてある程度は皮膚感覚になっていて、素人が楽しむこともできる(が、素人が楽しむように専門家が楽しんでいては、芸術は進歩しない)
芸術は新規性が命だけど、娯楽は楽しませることが命、芸術を認めるのは専門家集団で、娯楽を認めるのは一般大衆、科学者と製品デザイナー、そういう違いです芸術>娯楽が染みついていて、娯楽のよさを認めることができないんでしょうかね
> 「絵は知識と教養がないと楽しんじゃいけないんですか!?」というツイートを見て、「当たり前じゃねえか、何言ってんだ」と思ってしまった美術の先生です。
古典的な絵画なら、「ある程度は」楽しめる。高校で美術を選んでまじめにやる、あるいは独学でもかなり変わる現代美術なら、何が描いてあるのか把握することすらできない、絵ではなく模様を見ているだけ、こんなところ
正直芸術家は新規性が命、ってあたりからもうついて行けてないですが、そういうわかるやつだけ分かればいい、むしろわかるやつだけ分かるのが良い、って言うのが極まってるんだなって感じでしょうかそしてそれが芸術であって、娯楽向け絵とか音楽とかとか言うのはその出がらし的ななもんであって、それを芸術と呼ぶのかもう間違ってんだって感じ?…いやなんかしっくり来ないな
現代芸術が生まれたときに一般受けは切り捨てた、って感じなのか逆か、一般人にわかるほど陳腐化したものは現代芸術とは呼べないのか。排除してるんだしな
では何故芸術の名を捨てなかったのかと言うと、一般受けを切り捨てるなど素人目には断絶に見えるが、わかる人には分かる、ある意味必然の展開があったから、なんですかね
そんなわけで一般人の場合は絵は楽しめるかもしれない(娯楽絵ならわかりやすい芸術的な絵は難しい(古典芸術なら慣れてるからわかるかも現大芸術の絵は無理(わかるようなものは現大芸術とは呼べないそういう感じなんですかね
ここで> 「絵は知識と教養がないと楽しんじゃいけないんですか!?」というツイートを見て、「当たり前じゃねえか、何言ってんだ」と思ってしまった美術の先生です。に戻ってみると、「絵」と言う言葉から浮かぶものが元のツイート主とはだいぶ違ってそうですねそれでついそう思った、って事か
しかしそういう特濃コンテキストの世界を実験という答え合わせのできない中で進むってのはものすごく難しそうだなぁ
> そしてそれが芸術であって、娯楽向け絵とか音楽とかとか言うのはその出がらし的ななもんであって、
出がらしとはまた違うんですが
そうですね、感動するのものが芸術、であれば、偽物でいいんですよ素人が見ても区別できませんよ偽物だけを見て、たまにはだまされて買ったりとか、それでなんの不都合もありません
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にわかな奴ほど語りたがる -- あるハッカー
オタク的楽しみ (スコア:2)
単にきれいとか心動かされるって言うのと
この文脈では~とか趣向が~とか言うマニア的楽しみがあると思うんですよね
この人は単にマニア的楽しみを極めすぎて前者のことを失念しちゃったんじゃないでしょうか
後者に嵌りすぎると前者のこと忘れたり軽視したりしがちですよね
そんでいわゆる「にわか」をたたき出しちゃうんじゃないかなーとか
Re: (スコア:0)
> 単にきれいとか心動かされるって言うのと
現代芸術はこれを排除していますよ。
Re: (スコア:2)
なるほど
であれば現代芸術はなぜ芸術であるなどど名乗るんですかね
ポンペキポーとか名乗れば素人に絡まれなくてすむのに
Re:オタク的楽しみ (スコア:0)
古典物理学から量子物理学にかわったときにポンペキポーと名乗らなかったのと同じです
一見、皮膚感覚でとっつきやすそうに見えるから、素人が絡んでるんですよ
物理や数学に絡む素人はまずいないけど、経済学とか進化論には絡む素人が多いとクルーグマンも言っている
しかし量子物理学などと同じく、どの学問・芸術でも皮膚感覚を捨てなければ先には進めない
はっきりいって最先端の物理学も芸術も、ほとんどの人には無縁のものだし、口を出してもみっともないだけです
その成果は何十何百年たてば社会に還元されますが
素人が芸術だと思っているものは娯楽なんですよ
古典芸術は、芸術教育や娯楽作品を通じてある程度は皮膚感覚になっていて、素人が楽しむこともできる
(が、素人が楽しむように専門家が楽しんでいては、芸術は進歩しない)
芸術は新規性が命だけど、娯楽は楽しませることが命、芸術を認めるのは専門家集団で、娯楽を認めるのは一般大衆、科学者と製品デザイナー、そういう違いです
芸術>娯楽が染みついていて、娯楽のよさを認めることができないんでしょうかね
> 「絵は知識と教養がないと楽しんじゃいけないんですか!?」というツイートを見て、「当たり前じゃねえか、何言ってんだ」と思ってしまった美術の先生です。
古典的な絵画なら、「ある程度は」楽しめる。高校で美術を選んでまじめにやる、あるいは独学でもかなり変わる
現代美術なら、何が描いてあるのか把握することすらできない、絵ではなく模様を見ているだけ、こんなところ
Re:オタク的楽しみ (スコア:2)
正直芸術家は新規性が命、ってあたりからもうついて行けてないですが、
そういうわかるやつだけ分かればいい、むしろわかるやつだけ分かるのが良い、って言うのが極まってるんだなって感じでしょうか
そしてそれが芸術であって、娯楽向け絵とか音楽とかとか言うのはその出がらし的ななもんであって、
それを芸術と呼ぶのかもう間違ってんだって感じ?
…いやなんかしっくり来ないな
現代芸術が生まれたときに一般受けは切り捨てた、って感じなのか
逆か、一般人にわかるほど陳腐化したものは現代芸術とは呼べないのか。排除してるんだしな
では何故芸術の名を捨てなかったのかと言うと、
一般受けを切り捨てるなど素人目には断絶に見えるが、
わかる人には分かる、ある意味必然の展開があったから、なんですかね
そんなわけで一般人の場合は
絵は楽しめるかもしれない(娯楽絵ならわかりやすい
芸術的な絵は難しい(古典芸術なら慣れてるからわかるかも
現大芸術の絵は無理(わかるようなものは現大芸術とは呼べない
そういう感じなんですかね
ここで
> 「絵は知識と教養がないと楽しんじゃいけないんですか!?」というツイートを見て、「当たり前じゃねえか、何言ってんだ」と思ってしまった美術の先生です。
に戻ってみると、「絵」と言う言葉から浮かぶものが元のツイート主とはだいぶ違ってそうですね
それでついそう思った、って事か
しかしそういう特濃コンテキストの世界を実験という答え合わせのできない中で進むってのはものすごく難しそうだなぁ
Re: (スコア:0)
> そしてそれが芸術であって、娯楽向け絵とか音楽とかとか言うのはその出がらし的ななもんであって、
出がらしとはまた違うんですが
そうですね、感動するのものが芸術、であれば、偽物でいいんですよ
素人が見ても区別できませんよ
偽物だけを見て、たまにはだまされて買ったりとか、それでなんの不都合もありません