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過剰にレタッチされた風景写真に対する写真家からの批判」記事へのコメント

  • 例えば街中で周囲に人が大勢いた写真をトリミングしていたのが判明した「ハゲワシと少女」など
    これまでもトリミングや演出と称した情報の改変、レタッチに近い現像加工は行われているわけで
    「過剰な」の定義がいまいち不明ではあるが、言いたいことは分かる。

    • by Anonymous Coward

      多分に美的感覚による曖昧で主観的であるものを、ある程度それと認めたうえで論じたものだと思います。
      結局のところ過剰なレタッチで生成された写真は、写真として優れていないからダメなのだと。

      対象が人物でも食べ物でも同じだと思います。
      美しく、美味しく演出させる技術は優れたものですが、そこにイミテーションぽさが匂うようになれば感動は一気に冷めてしまう。

      • by Anonymous Coward on 2020年01月04日 17時36分 (#3740092)

        世の中にまともな写真を残す責任があるとしたら写真家なので、その責任を果たしているだけだよね

        > いまはやりの風景写真は、そういうイメージ写真が氾濫してしまっている。そこには感動は生まれない。

        評価が感動一本やりで言葉が極めて貧しい
        それにつられて写真まで貧しくなりつつあって、写真家も実はそれに手を貸しているように思える

        親コメント

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