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あと7日で火星がみれる」記事へのコメント

  • ら抜き表現 (スコア:0, オフトピック)

    by Anonymous Coward
    火星が見られる の方が良いのでは?
    あと、誰か-1しといてコレ
    • by Gururi (14221) on 2003年08月21日 1時34分 (#382578) ホームページ 日記
      不自然に思った時の判断基準:可能の場合
      「る」を取ると命令形になる→それで合っている。
      例:取れる→取れ・聞ける→聞け・切れる→切れなど
      「る」を取ると命令形にならない→いわゆる「ら抜き言葉」である。
      例:見れる→見れ(正しくは見ろ)・着れる→着れ(着ろ)・食べれる→食べれ(食べろ)など
      よって「見れる」ではなく「見られる」が文法上は正しい。

      そういう「実はそれは間違っている」ことを理解した人が、こういう場(だけ)で、ら抜きを許容してるんならまだいいと思います。
      でも息子たちが通う保育園や学校の先生が
      「ちゃんときゅうしょくたべれましたかー?」
      「あしたからひとりで学校来れるかなー?」
      などと言ってるのを聞くと不安になる。しかも一部の先生はそれが間違っているという認識が無いらしい。勘弁して欲しいなぁ。
      #意外と「見れる」許容派が多いな、とびっくりしつつIDで。
      親コメント
      • by Anonymous Coward on 2003年08月21日 2時03分 (#382593)
        >よって「見れる」ではなく「見られる」が文法上は正しい。
        実はそうでもないです。 [google.com]
        標準語を決めた際に枠内から外れただけで、つい最近生まれてきた用法では無いわけです。
        なので、
        >しかも一部の先生はそれが間違っているという認識が無いらしい。勘弁して欲しいなぁ
        というのは天に唾するようなものかと。
        親コメント
        • 福岡出身ですが、このAC氏の意見に同意です。
          個人的には「ら抜き」は方言から標準語へと進出中の言葉なのではないかと思っています。

          #382578 で挙げられた例でも

          >「る」を取ると命令形にならない→いわゆる「ら抜き言葉」である。
          >例:見れる→見れ(正しくは見ろ)・着れる→着れ(着ろ)・食べれる→食べれ(食べろ)など

          福岡では(全員が全員ではありませんが)
          「今すぐテレビ見れ!」「文句言わずに食べれ!」
          という言い方をする人は結構います。
          親コメント
        • 九州(特に北部九州)では「ら抜き」の方が一般的ですね。

          否定派の中にはそのあたりを考慮せず(知らず)、一律全面的に否定される方もおり、頭ごなしに怒られたり白い目で見られたりという、肩身の狭い思いをしている「当該地域出身の他地域在住者」はいます。(同窓会などでネタにあ
        • >実はそうでもないです。
          標準語を決めた際に枠内から外れただけで、つい最近生まれてきた用法では無いわけです。

          日本語の歴史から見ると昭和初期から [biglobe.ne.jp]ってのは遠い過去なんでしょうか。標準語を作る過程で外れた(外された?)ってのはわかります。わかりますが、

          >しかも一部の先生はそれが間違っているという認識が無いらしい。勘弁して欲しいなぁ
          というのは天に唾するようなものかと。

          この場合の天って何ですか?
          私はら抜き言葉に違和感を感じるんだ」とか、「国語の教科書ではら抜き言葉で教えていないのに、先生がそれを使うのはおかしいんじゃない?」という私の主張は認めてもらえませんか?認めてもらえないと......さびしいな

          • by nim (10479) on 2003年08月21日 10時44分 (#382734)
            まあ、確かにそういう人もいるかもしれませんが、個人的な経験では「ら抜き言葉」を批判する人っていうのはみんな悪い意味で頑迷、倣岸な、自分が正しいと思い込んでいてえらそうでムカツク人でしたね。
            割と広くそういう相関はあって、そこが反発したくなるところなんではないでしょうか(僕もそうですが)

            実際、国語学者とか作家、詩人など日本語のプロ(というのもなんですが)では否定的じゃない人のほうが多いように思います。

            僕は京都に住んでいたことがあって、そのときに思ったのですが、「伝統を守る」ことを重視するコミュニティって、実際にはたいした伝統を持ってないことが多いと思います。むしろその裏返しというか。
            そもそも伝統なんで、どうでもいいことだから守り続けていられるわけで、重要なポイントは社会の変化に対応していかなくてはならないものだと思います。
            たとえば、「土俵に上がれるのは男性のみ」というのは現代ではもはやナンセンスだと個人的には思いますが、「土俵に上がる前には必ず、男は右、女は左に三回回って塩を頭から振りかけないといけない」とかなら多分1,000年だって守れます。

            言葉は人間にとって不可欠な重要なものですし、だれかが決めるべきものでもないですから、そのなかで何かを守り続けるのはおかしな話だと思いますね。
            親コメント
            • >「土俵に上がれるのは男性のみ」というのは現代ではもはやナンセンスだと個人的には思います

              取締役社長や常務になれるのは男性のみ、なら話は分かりますが、 土俵に男性のみが「もはやナンセンス」ってのは、理解しかねます。 「土俵」という特殊空間に現代の性感覚を持ち込んで、 現代人の都合でルールを変えちゃうのはどうかな。
              オリンピックその他の競技で男子を女子を分けてるのは気になりませんか?男子100m 走じゃなくて、100m 走として、男女混合にすればいいじゃないかと、思います。男ばっかでむさ苦しいことになるかもしれませんが、それが平等ってものでしょう。
              あと、女子トイレに男が入れないのは性差別とか言わないだろうし。土俵も、もともと男しか上がれなかったんだったら、男子トイレみたいなものだと思えばいいだけじゃないのかな。 相撲とか神道とか詳しくないんで、そこのとこよく分かりませんが。

              親コメント
              • それは理解できます。
                僕自身はイデオロギー的にはかなりリベラルなので「土俵に女があがれない」のは性差別の要素(女=穢れ)を含むため望ましくないと思いますが、そうでない立場も理解できるし、まあ当事者(相撲協会?)が決めることに抗議しようとも思いません。

                ただ、ここで言いたかったのは、そういう社会的なインパクトのあるような「伝統」は、時代の変化とともに摩擦が大きくなり、維持するのが困難になることもあるということです(医者は長く女性には閉ざされた職業でしたが、いまはそんなことないですよね)
                それに対して形式的な伝統・慣習は容易に長く続けることができます。1,000年以上続いてるとどんなに些細なことでもその「重み」は感じられますね。

                それから、質問にお答えするなら、オリンピックその他の競技で男子と女子に分けてるのは気になりますよ。100m走なんかは体重別にするほうが好ましいですね。
                そういえば高校野球でも女子が出るとか出ないとかいう話ってありませんでしたっけ?女子でも実力があるんだったら出ればいいと思うんですよね。
                親コメント
              • なるほど
                相撲というのは自分の排泄行為を世間に公開するという事なんですね。
            • >あと、女子トイレに男が入れないのは性差別とか言わないだろうし。

              サービスエリアとかで男子トイレに入ってくる女は何とかならないでしょうか?
              • > サービスエリアとかで男子トイレに入ってくる女は何とかならないでしょうか?

                あれはもう「女」ではないんだと思ってました。
                女を捨てた、というか、なんというか。
      • 「ら」抜き言葉は、 日本語の前進的変化の一面である [rim.or.jp]
        個人的にはこれに同感。
        ら抜きはある程度意味を通じやすくする効果がある。
      • >こういう場(だけ)で、ら抜きを許容してるんならまだいいと思います。
        >などと言ってるのを聞くと不安になる。

        最近は「い抜き言葉」なんていうのもあって、上に抜粋した「許容してるんなら」や「言ってるのを」がそれに当たります。
        文語では、「許容してるのなら」、「言っているのを」になります。
        • 文語なら「許容すらば」「言ひたるを」じゃ?

          標準語の本則なら「許容してるのなら」「言っているのを」(ここで抜かしているってことはあなたも「い抜き」が染みついてるってことねー)
      • いわゆる「ら抜き表現」って、文法上の問題じゃなくって、
        活用形の問題じゃないかと思うんだけどさ。

日々是ハック也 -- あるハードコアバイナリアン

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