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論語の最古の写本とみられる注釈書が日本で発見される」記事へのコメント

  • 高校の漢文で普通に読まされなかったか?>論語
    今ないの?

    • 高校の漢文で普通に読まされなかったか?>論語

      今でも習うみたいだよ。

      しかし、高校までの授業で習う論語って、論語のごく一部だよね。
      それで「論語を読んだことがある」とは言わんのじゃないかな。
      せめて学而第一を通読したことがあるとか、孔子とその主な弟子の姓・諱・字と、各人の性格が言えるとかまで行けば「論語を読んだことがある」と言っていいと思う。

      ちなみに、論語は20編あって、学而第一そのひとつ。
      有名な「学而時習之」(学びて時にこれを習う)から始まる(正確には「子曰學而時習之」で始まる)ので学而。

      • さすがに学而編だけだとだめなんじゃないのかな。あれはあくまでも弟子が孔子の言葉をまとめたという体裁なので、複数編は目を通さないとその多面的な部分が全然わからない。こう言ったら轟々と非難を浴びそうな気もしますが、新約聖書なんかと同じ性質がある。

        #正直本編だけだと (注釈抜きで) 大した分量ではないので、ざっと見る分にはそんなに大変でもないですし。

        親コメント
        • さすがに学而編だけだとだめなんじゃないのかな。

          そうですね。学而だけ、っていうのでは「読んだ」と言うには弱すぎるとは思います。

          正直本編だけだと (注釈抜きで) 大した分量ではないので、ざっと見る分にはそんなに大変でもないですし。

          それは賛成しかねるな。普通の人にとって、注釈無しに、読めて意味・背景が理解できるとは思えない。
          仮に漢文文法が完璧でも、注釈は要るんじゃないですかね。

          新約聖書なんかと同じ性質がある。

          新約聖書に限らず、類例はありますね。仏典だって仏陀が書いたわけじゃないですし、ソクラテスも著書を残さなかったし。

          親コメント

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