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しかし、自宅用ブロードバンドも発達し、職場や学校にも高速なネットワークが普及し、雑誌のおまけにDVD-ROMがついてくるこのご時世、容易に無料or書籍のおまけで手に入るソフトを頒布すること自体では商売は成立しないでしょう。
この雑誌や書籍もある意味商売なわけで 開発者(じゃなくてもいいけれど)とかが説明なり書いたりするケースもあるんじゃないですか?
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クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人
坂村さんも坂村さんだけど (スコア:0)
そもそもGPLってソフトウェアの独占を破壊する事を目的として、
著作権法を逆手に取ってソフトウェア著作権を形骸化させる為の「攻撃的な」代物でなかったん?
FSFの究極の理想はGPLの汚染条項を使って地球上の全てのソフトウェアを侵食する事だと思ってたけど。
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:0)
渡さなくてはいけない」などの条件は、タダでソフトを入手できる経路を
与えていることになるのではないでしょうか。
商業化しているケースでも、実質的にはソフトそのものというより
サポートを売っていると言われるくらいです。
> 「ソフトをタダ」にすることを目標にしているわけではない
目標にしていなくても、結果としてそうなっているのであれば、坂村さんのこの
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:0)
ソフトウェア自体はそれを構成するコンポーネントにすぎない。
つまりGPLは必ずしも製品としてのソフトウェアを無料にするわけではない。
言葉を補えば、上記
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:2, すばらしい洞察)
「GPLは、ソフトウェアが無料であることを保証していない」という、GNU(RMSと書くべきかな?)の主張する原則論に基づけば、たしかに破綻してはいません。でも、現実的には(GPLと別ライセンスのデュアルなモノは別として)無料で入手できないGPLなソフトというのはおそらく存在しないですよね。
八田氏がリンクしているGNUのGPLで商売してもおっけー [gnu.org]ページの中を見ても、「実際のところ私たちは、フリーソフトウェアを再頒布する人々に、お金を欲しいだけ、あるいは取
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:0, オフトピック)
>お金を欲しいだけ、あるいは取れるだけ請求することを推奨しています」
と
>「フリーソフトウェアに関しては、ユーザはソフトウェアを
>使うために頒布手数料を払う必要は全く無いのです。」
って、意味不明な説明ですかね?私はそうは思わないのですが...
あるソフトウエアの頒布者が A, B, C... といるときに、
A は \15,000- 、B は \3,800- 、C は無料で配布していたとして、
あるユーザがどこからそのソフトを手に入れるかは全くの自由ですし、
必ずしも C から無料で手に入れるとも限らないわけですよね。
間違えて(あるいはタダで手にはいることを知らないで)Aから買う人も
いるでしょうし、ソフトウエア以外の部分(オマケだったりサポートだったり
マニュアルだったり)を決め手に頒布者を選ぶこともあるでしょうし、
それ以外の理由でお金を出して買うことだってあるわけです。
さらに言えば、独占的ソフトウェアの頒布で商売をしようと思うと、
どうしても元のソフトウエアを買ってきて売るという
コストのかかる方法をとらなければなりませんが、
フリーソフトウェアであれば、低コストで勝手にどんどん商売できて
しまうわけで、逆に商業の活性化につながるという考え方も
ありえるわけです。
それが「フリーソフトウェアは売るのも自由」の意図する
ところなのではないでしょうか。
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:0)
>しまうわけで、逆に商業の活性化につながるという考え方も
>ありえるわけです。
低コストと商業の活性化については、デフレという現実を当てはめれば幻想ということが言えるとおもいますが、いかがでしょうか?
資本主義は、かかったコストに適正な利潤を上乗せして回収し
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:2, 興味深い)
さきに挙げた頒布者 A, B, C... は、ソフトウエア開発者 X とは無関係でかまわないわけです。
ということは、頒布者に関しては「かかったコストに適正な利潤を上乗せして回収」することが
まったく問題ないことはご理解頂けますか?
この場合の適正な利潤の元はすでに挙げたようにソフトウエア以外の部分だったり
それ以外の理由だったりと様々です。
また、ソフトウエア開発者自体が頒布者でもある場合、ユーザがお金を
払う理由としては「プロジェクトを支援したい」といったものもあり得るでしょう。
で、次の開発にはどこからお金を持ってくるのって話ですが、
そもそもソフトウエア開発のためには必ずどこかから(直接)
お金を持ってこなければいけない、というわけではないですよね?
そりゃぁ開発者自身の人件費を金銭換算すれば金はかかってますが、
GNUの想定するモデルでは
「ソフト書きたいヤツは他の仕事で生活費稼いででも書く」
というスタイルなわけですから。
しかも、そんなスタイルであったとしても(そして、直接そのソフトウエアの
売り上げだけでは利潤を回収できなくとも)たとえばある企業にとっては
非常に重要あるいは必要なソフトウエアであったとすれば、
開発に対して資金提供したり、開発者を形式的に雇用したり、
自社の開発者を送り込んだりといった支援がなされることがあるわけで、
そういった現実に照らし合わせてみても、
とくに意味不明だとは思えないのですが。
そもそもフリーソフトウエア/オープンソースソフトウエアが「資本主義の
国を崩壊させる」という意見こそが現実を見ていない幻想だと思いますよ。
現実の世の中では、商業ソフトウエアの開発に多数のフリーソフトウエア/
オープンソースソフトウエアが利用されていますし、商業ソフトウエアが
動作時にフリーソフトウエア/オープンソースソフトウエアに依存するとか、
そもそもフリーソフトウエア/オープンソースソフトウエアをベースに
商業ソフトウエアが作られているといった例も枚挙にいとまがないわけです。
そんな現実を無視して今この世からフリーソフトウエア/オープンソース
ソフトウエアを無くしてしまったとしたら、それこそソフトウエア産業は
大打撃を受けます。
今必要なのは、オープンやフリーのものが世の中で一定の地位を占めている
現実を直視し、その上でそれとどうつき合っていくかを考えることでしょう。
商業ソフトウエアの開発で飯を食っていた人々は、そういった現実をふまえ、
どうすれば飯を食い続けることができるかを考え、そして発想や方針の転換を
することを求められているわけです。
で、「資本主義の国を崩壊させる」とか言っている人々は、そういった
発想や方針の転換ができていない人なのだと思うのですが、いかがでしょうか?
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:0)
>売り上げだけでは利潤を回収できなくとも)たとえばある企業にとっては
>非常に重要あるいは必要なソフトウエアであったとすれば、
>開発に対して資金提供したり、開発者を形式的に雇用したり、
>自社の開発者を送り込んだりといった支援がなされることがあるわけで、
>そういった現実に照らし合わせてみても、
>とくに意味不明だとは思えないのですが。
こういった現実が、すべての世の中のすべてのソフトウェアに適用できれば、意味不明とはいえないかもしれませんが、現実問
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:1)
>こういった現実が、すべての世の中のすべてのソフトウェアに適用できれば、
すべてのソフトウエアに適用できなければいけないのですか?
後に続く分野を含めるために「すべて」とされたのかもしれませんが、
それにしてもすべてのソフトウエアが開発のために必ずどこかから
(直接) お金を持ってこなければいけない、というわけではないことは
すでに指摘していますよね?
>現実問題として、ごく少数の市場しか持たない(サポートでお金を
>捻出することは不可能な)、それでいて重要な分野もあるわけです。
それは「誰にとって」重要な分野なのでしょうか?
その分野が重要な誰かXは、その分野にお金を出してはくれないのでしょうか?
もし、フリーソフトウエア/オープンソースソフトウエアにはお金を出して
くれないと言うことであれば、そのXは商業ソフトウエアであればお金を
出してくれるのでしょうか?
そこには何か矛盾がありませんか?
ACさんが具体的になにを想定しているのかがわからないので、どうにも
ピンと来ないのですが、もしよろしければACさんが想定している
具体的なモノを挙げてみてはいただけないでしょうか。
>私の捉えている現実を前提とすると、発想や方針の転換が
>できていない=マイノリティの切捨てOKと聞こえてしまいます。
ACさんにはそう聞こえてしまうのですね...うーむ。
ACさんがなにを指してマイノリティと呼び、しかもそれが切り捨てられていると
考えていらっしゃるのか、先に挙げられたモノの具体例がピンと来ないので
わからないのですが、私の感じている現実ですと、
むしろ
従来スタイルの資本主義=ビンボー人は相手にしない=マイノリティの切り捨て
だったのではないかと思うのですが...いかがですか?
# 必死に想像すると、もしかしたらハンディキャップを持った人向けのソフトとか
# そういうことを言っているのかもしれないとは思うのですが、
# それにしたって充分にやっていけるし、切り捨てにもならないと
# 私は思っているのですがねぇ...
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:0)
その場合の選択肢は?
1:自分の希望通りのものを作成する。
2:自分の希望とは異なるが、近い機能のものを探してきて使う。
もし、1だとして、
自分で作ることができない(世間的にはマジョリティか)場合には、購入するしかないと。
ここで、いくらまで出せるのかが問題になります。現実問題として、開発期間3ヶ月程度で、作成する能力のある人を雇ったとして100万円/人月で300万円。現実的に個人では無理です。大半の中小企業でもおいそれとは出せな
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:0)
>> A は \15,000- 、B は \3,800- 、C は無料で配布していたとして、
たとえばOSの配布が実質的にフロッピーやCD-ROM販売でしか成立しなかったような時代なら、たしかに頒布自体が商売として成立したでしょう。実際、たとえばLaser5は昔SlackwareやFreeBSD(だけじゃないけど)のCD-ROMの販売をしていましたし、そこそこ
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:1)
元コメントはそういうこと言ってんじゃないでしょう。
例えばAの頒布者は同じソフトウェアを使ったシステム構築への相談も受け付けますよ、という意味で
この値段を付け、Bは30日間の間1インシデントでインストールや使用法の
電話サポートをしますよ、という設定でこの値段を付ける。
Cは完全にサポート無し、ディスクスペースとネットの帯域を提供してるので勝手に持って行って下さいな、ということでタダにする。
と考えては?これもそのソフトからすれば「頒布」です。
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:1)
この雑誌や書籍もある意味商売なわけで 開発者(じゃなくてもいいけれど)とかが説明なり書いたりするケースもあるんじゃないですか?
Re:坂村さんも坂村さんだけど (スコア:0)
>ところなのではないでしょうか。
いままで見たなかで、最も分かりやすい説明
だと思った...。
これなら、買い手の自由、商売の自由(自由競争?)
も保証される..ということかな。
いいね。ありがと。