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旧約聖書の「ソドムとゴモラ」のエピソードが実話だった可能性」記事へのコメント

  • 「過去に何が起きたのか」を調べるのではなく「聖書に書かれていることを実証する」のが目的なので科学ではない。
    今回は「隕石の落下によっても説明することは可能」レベルであって、「隕石でしかありえない」という検証を「聖書考古学者」は行わない。彼らの教義に背く事実を発見したくないから。

    >地層からは高濃度の塩分も検出されており,塩害で作物が育たなくなったことから「塩の柱」という表現になったとも推測している。

    これは理路が逆で、すでに灌漑がおこなわれていた中近東では塩害が問題になっていた。灌漑による塩害の可能性を検証せずに「隕石から塩が振ってきた」と結

    • by Anonymous Coward

      どちらかというと考古学って,聖書を神話や伝承の位置に置くようがんばってらっしゃるような印象あるんだけどな。学者の立場や研究の目的もいろいろだろうから全部混ぜて考えるのもよろしくないような。
      一方,聖書の記述が明確に事実と反するわけでなければ「全能の神」ってことで手段はどうとでもなるわけで。とある原因不明な事象の痕跡を神と呼ぶのか,自然と呼ぶのか,はたまた偶然と呼ぶのか。これが信仰ってやつなんでしょうか。

      • by Anonymous Coward on 2021年09月27日 20時38分 (#4120284)

        考古学がうさん臭いなんて言ってないよね
        「聖書考古学」がうさん臭いんだよ
        「聖書を神話や伝承の位置に置くようがんばってらっしゃる」聖書考古学者がいるというのは私も知らないし

        親コメント
        • by Anonymous Coward

          イエス・キリストが実在したのかなんてことを真面目に調べてる人もいますけどね。

          • by Anonymous Coward

            イエス・キリストが実在したのかなんてことを真面目に調べてる人もいますけどね。

            いや、普通に実在しただろ。架空の人物だとでも思ってたの?

            • by Anonymous Coward on 2021年09月28日 9時49分 (#4120515)
              新訳聖書の四福音書でさえキリストの死後何十年〜100年以上たってから書かれた伝聞にすぎず、しかも最古の写本でさえ翻訳文であって原本が見つかっていないんだぜ。
              イエス・キリストの実在を含めてどこまで本当か、どこからが創作か、というのは当然研究対象になる。
              親コメント
              • by Anonymous Coward

                新約聖書(あるいはその孫引きが疑われる書物)以外に「イエス」なる一個人が「いた」ことを記述してる史料は発見されて無いですね。
                聖書自体、「尊いこと」に主眼を置いていて「事実」は二の次。
                しかも事績自体が曖昧と。

              • by Anonymous Coward

                新約聖書(あるいはその孫引きが疑われる書物)以外に「イエス」なる一個人が「いた」ことを記述してる史料は発見されて無いですね。

                結局、みんな大好き「死海文書」 [wikipedia.org]には記述が無かったのでしょうかね?
                キリスト教成立以前の紀元前250年~紀元70年頃まで編纂されていた文書類で、基本はヘブライ語聖書(旧約聖書)だけど、一部には当時の世相なども書かれているから、宗教繋がりでキリストの話も・・・って期待(一部には不安)視されていたはず。

              • by Anonymous Coward

                とりあえずwikipediaのナザレのイエス [wikipedia.org]を読んでみると
                確かに福音書以外にほとんど資料がなく
                「その時期に逆らって磔刑にされた奴がいる」とかそういう傍証くらいですね
                んで福音書は互いにズレがあるから細かい話としては怪しいけど
                少なくとも弟子が居て彼らが一人の”誰か”を立てていた、くらいは確からしい、と

                ……とまあ、「ナザレのイエスの実在を真面目に調べる人たち」は確かにいるのは事実
                ただ一般人的には「指導者としてそんな感じの人が居た」くらいは事実と思っといていいくらいには存在感あるね、みたいな感じっぽい

              • by Anonymous Coward

                くらい)は事実と思っといていい)くらいには存在感あるね)、みたい)な感じ)っぽい

                防壁の張り方がすごいというか、同情する

            • イエス・キリストが実在したのかなんてことを真面目に調べてる人もいますけどね。

              いや、普通に実在しただろ。架空の人物だとでも思ってたの?

              哲学的視点から、どう捉えるべきか。

              みんなが良く知る「とんちの一休さん」と、史実に現れる「一休宗純」。
              さて、「一休さん」は実在の人物であろうか?

              親コメント
            • by Anonymous Coward

              聖書に書かれている「あの」イエス・キリストのことじゃね。

            • by Anonymous Coward

              神の子が普通に実在したなら神も普通に実在するのは自明

            • by Anonymous Coward

              >いや、普通に実在しただろ。架空の人物だとでも思ってたの?
              キリストだって仏陀だってゾロアスターだって同様だよね。
              聖書の聖典の伝承の通りじゃない(基本的に違う)ってだけで。
              それを、「実在しなかった」って表現は少なくとも考古学的には違うでしょ、文学的には言いのかも。

              • by Anonymous Coward

                厩戸王が実在したから聖徳太子は実在したというくらいむちゃくちゃな論理ですな。
                厩戸王は聖徳太子のモデルに過ぎず、聖徳太子の事績は、いろいろな人のものを寄せ集めたものと
                いわれているのと同じで、イエス・キリストのモデルとなった人はいたかもしれないが、
                それをイエス・キリストは実在したというのはちょっと違うと思う。

              • by Anonymous Coward

                それは人間としての大川隆法は存在するが神としての大川隆法は存在しない適なボタンの掛け違い感を感じる。

              • by Anonymous Coward

                水をワインに変え盲人を癒やし湖の上を歩いた人物がいたかどうかなんて話ではありません。
                キリスト教の開祖であるナザレのイエスが実在した人物なのかという話です。
                実在の人物を大げさにしたのが聖書のイエス・キリストなのか非実在の人物なのかというはなしです。

              • by Anonymous Coward

                そういった歴史上の研究対象人物を、仮称「ナザレのイエス」と呼ぶ。

              • by Anonymous Coward

                「大岡裁き」は他の役人やら創作やらいろんなエピソードの寄せ集めだけど、だからといってそれが「大岡越前守忠相」が実在していたことに影響を与えるわけでもないです
                まあ古い時代になるほど人物の特定が困難になってくるので線引きは難しいですね

              • by Anonymous Coward

                水戸光圀は実在したが白髪になってから全国行脚なんかしていない的な?

              • by Anonymous Coward
                名君どころか趣味に飽かせて藩の財政を傾かせ八公二民の重税を課した鬼畜だということまで分かっている
              • by Anonymous Coward

                「大岡越前守忠相」なる者は存在しません。
                氏名の誕生 [chikumashobo.co.jp]という本を読めばわかりますが、
                「大岡越前守」が名前で「忠相」は、名乗りといって、武家官位を授けられるときにしか
                使わないものだということです。「忠相」とセットにされるのは「大岡」ではなく「源」
                とか「平」とか「藤原」とかのいわゆる本姓なので、「大岡越前守忠相」なんて呼び方や書き方は
                決してしないそうです。

                だから大岡越前のドラマで、将軍がよく「忠相」と呼びかけているのは間違いで、「越前守」とか
                「越前」とか呼ばれていたはずです。

              • 武家官位での呼びかけで疑問に思ってることがあるんですが、
                「越前」って「越前守」「越前介」があるわけで、
                実際、その両方がいるときには、ちゃんと「守」「介」まで口にして呼び分けたのでしょうか?
                あるいは、同一国の「守」「介」が同時に存在しないように調整されてたのでしょうか?

                親コメント
              • by Anonymous Coward

                守、介の違いどころか、全く同じ官職を名乗っている人も珍しくなかったそうですよ。
                少数の例外を除いて、どの官職にするのかは自分で選ぶので、相当重複はあったでしょう。
                越前守が複数いた場合どう読んでいたかは、まあ、適当に区別できるように
                呼んでいたのではないでしょうか。

              • by Anonymous Coward

                決してしないなんてこたない 割と適当よ
                マナー講師が言うマナーぐらいのもん

              • by Anonymous Coward

                つまりあなたは織田信長も徳川家康も存在しないと主張するわけですね。

                当時どのように呼ばれていた/書かれていたかと、その人の名前は何というのかは別の話として扱う方が一般的だと思いますが。

              • by Anonymous Coward

                原則として武士の受領名の介は一部の国(上野、常陸、上総)にしか使われないみたいですよ。
                この三国は親王しかトップ(太守)になれないルールがあるので介を使うみたい。

普通のやつらの下を行け -- バッドノウハウ専門家

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