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いわゆる理系とされる単科大学の、「ナントカ経済学科」というところを出た。他の学科から、「暇なナントカ経済学科」と言われていていた。確かに卒論は年末から年明けに着手が多かった。(自分は3年の時から少しづつ書き溜めていたけど)じゃあそれまでは何をしているかと言うと、そこは跡継ぎがやたらに多かった。送り出す親の方も、「将来的に有望な仕入先・販売先を見付けて来い」を期待していたりする。(ついでに嫁・婿も連れて帰ればなお宜し)なので同期・先輩・後輩との付き合いや、実家の商売と関連しそうなバイトに忙しかったりする。
経済学って文系?自分は常にそこに一石を投じ続けたい。
ちなみに自分も経済学部卒だけど、結局、卒論って何だったんだろう・・・4年次の夏頃に、どうやらやっぱり自分も「卒論」なるものを書かなきゃいけないらしいと知り適当なプログラム書いて、ちょいちょいとお金の計算をしてなんか微妙なレポートを出したらいつの間にか卒業してた・・・
なぜ文系にカテゴライズされるのかわからない経済学は数学(特に統計学)が必須だと思うんですけど、数学が入試科目にないところもあるんですよね
まさにそれを感じたのか、早稲田の政経は最近数学必須(共通テストのだけど)にはなりましたね。
あと、数学だけが飛び抜けてできる高校生は、東工大よりも一橋のほうが入りやすい、とは聞いたことがあります。
数学=論理的思考が人生に一番役立つ。数学は必ず入試に入れるべき。次は国語と英語だな。その次は応用科目の理社。偏差値の高い大学だけは理社まで受験科目に入れて良い。馬鹿になるほど科目数減る。
論理的思考が重要なのは全くもって同意なんだけど、数学だけで実現できるかについては疑問を持っている。記述式で試験できるなら良いが、問題作成や採点に多大なコストがかかる。その負担をいやがってテキトーな作問してしまえば、当てはめて計算できる公式をたくさん暗記した者勝ちになりかねない。考え方の基本を身に付ける点では、国語に論理学的な内容を組み込むのが良いと考えてるし、その意味で現国で技術文書なり契約書なりを読ませるという方向性自体には賛成。ただね、代わりに小説を省くってのは問題だと考える。いたる所で「空気を読む」ことが求められるこの社会において、それまでの言動の文脈に沿って人物の心情・思考を読み取る訓練を体系的にやらないってのはマズいだろう。# 社会人になってから「行間を読む」ことに苦労した経験、ありません?## 意図的に空気読まないで前提を確認しにいくことにしているAC
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物事のやり方は一つではない -- Perlな人
遥か昔に理系の中の文系を出た (スコア:0)
いわゆる理系とされる単科大学の、「ナントカ経済学科」というところを出た。
他の学科から、「暇なナントカ経済学科」と言われていていた。
確かに卒論は年末から年明けに着手が多かった。(自分は3年の時から少しづつ書き溜めていたけど)
じゃあそれまでは何をしているかと言うと、そこは跡継ぎがやたらに多かった。
送り出す親の方も、「将来的に有望な仕入先・販売先を見付けて来い」を期待していたりする。(ついでに嫁・婿も連れて帰ればなお宜し)
なので同期・先輩・後輩との付き合いや、実家の商売と関連しそうなバイトに忙しかったりする。
Re: (スコア:0)
経済学って文系?自分は常にそこに一石を投じ続けたい。
ちなみに自分も経済学部卒だけど、結局、卒論って何だったんだろう・・・
4年次の夏頃に、どうやらやっぱり自分も「卒論」なるものを書かなきゃいけないらしいと知り
適当なプログラム書いて、ちょいちょいとお金の計算をして
なんか微妙なレポートを出したらいつの間にか卒業してた・・・
Re: (スコア:0)
なぜ文系にカテゴライズされるのかわからない
経済学は数学(特に統計学)が必須だと思うんですけど、数学が入試科目にないところもあるんですよね
Re: (スコア:1)
まさにそれを感じたのか、早稲田の政経は最近数学必須(共通テストのだけど)にはなりましたね。
あと、数学だけが飛び抜けてできる高校生は、東工大よりも一橋のほうが入りやすい、とは聞いたことがあります。
Re:遥か昔に理系の中の文系を出た (スコア:0)
数学=論理的思考が人生に一番役立つ。数学は必ず入試に入れるべき。
次は国語と英語だな。
その次は応用科目の理社。
偏差値の高い大学だけは理社まで受験科目に入れて良い。
馬鹿になるほど科目数減る。
Re: (スコア:0)
論理的思考が重要なのは全くもって同意なんだけど、数学だけで実現できるかについては疑問を持っている。
記述式で試験できるなら良いが、問題作成や採点に多大なコストがかかる。
その負担をいやがってテキトーな作問してしまえば、当てはめて計算できる公式をたくさん暗記した者勝ちになりかねない。
考え方の基本を身に付ける点では、国語に論理学的な内容を組み込むのが良いと考えてるし、
その意味で現国で技術文書なり契約書なりを読ませるという方向性自体には賛成。
ただね、代わりに小説を省くってのは問題だと考える。
いたる所で「空気を読む」ことが求められるこの社会において、
それまでの言動の文脈に沿って人物の心情・思考を読み取る訓練を体系的にやらないってのはマズいだろう。
# 社会人になってから「行間を読む」ことに苦労した経験、ありません?
## 意図的に空気読まないで前提を確認しにいくことにしているAC