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ロケット戦闘機 秋水が復活」記事へのコメント

  • 何でも全体だかエンジン部分だかの開発の指揮は東条英機の娘婿が取ったそうな。
    これ、実際に飛んだことはあったのかしら?
    (朝日新聞 [asahi.com]によると復元に2年と30人投入。ウーン、この不況下で三菱重工太っ腹)
    • >実際に飛んだことはあったのかしら?

      何度か飛んだことはあったみたいですよ.
      でも,燃料タンクの設計ミスで,高迎角時に燃料がうまく供給されない
      という不具合があって,フレームアウトして落ちたんじゃなかったかなぁ.
      東條氏(三菱所属)も,
      • by sk (478) on 2001年12月21日 0時11分 (#48662)

        中日新聞社『あいちの航空史』によると、秋水の事故後の原因究明会議では、エンジンか機体か、どこに欠陥があったのか結論が出ず、急にロケット噴射が止まったという状況だけから、「急上昇で燃料送りが不調になった→燃料タンクの設計ミスだ」と決めつけられたのだそうです。

        タンクの設計者は、豊岡隆憲という人だったのですが、事故後、実は海軍は試験飛行のとき燃料を十分に積まなかったんだよという話なんかを聞いて、悔しさにやりきれない思いで設計をやり直したそうです。

        豊岡氏は一式陸攻の燃料タンク(太平洋戦争で一番かわいそうなタンクだ)も設計していて、やはりテスト飛行中に燃料送りが悪くなって不時着する事故が起きたそうです。そのときもタンクが悪いといわれたのですが、豊岡氏はポンプを調べてくれと主張し、実際にポンプが原因だったそうです。

        秋水もパイロットと機体が無事に戻ってきていたら、きっと本当の原因がわかったのでしょうが、パイロットの犬塚大尉は死亡し、機体も墜落して壊れてしまいました。火傷で死んだそうですから、きっと機体は燃えてしまったんでしょうね。この試験飛行では海への不時着水を想定して100隻のボートを待機させていたのですが、操縦に自信のあった犬塚大尉が無理に着陸を試みたために、追浜基地の建物に接触して墜落したらしいです。

        結局、二号機は飛ばず、真相ははっきりしないまま「燃料タンクの設計ミス」だけが、まことしやかにいい伝えられてきたとのことです。

        親コメント

計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである

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