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ACで申し訳ないが、「疑問は残ります」というニュースステーション的なコメントでの安易な問題提起は感心しません。 最近この手の言葉を使ったタレコミが多いですね。
セキュリティを強化していることについてのみならず、アプリケー
「疑問は残ります」というニュースステーション的なコメントでの安易な問題提起は感心しません。
とか
体制的なものに対して批判をすれ
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長期的な見通しやビジョンはあえて持たないようにしてる -- Linus Torvalds
疑問は残る? (スコア:3, すばらしい洞察)
ACで申し訳ないが、「疑問は残ります」というニュースステーション的なコメントでの安易な問題提起は感心しません。 最近この手の言葉を使ったタレコミが多いですね。
セキュリティを強化していることについてのみならず、アプリケー
Re:疑問は残る? (スコア:3, 興味深い)
「これをServece Packでやるのは、どうなんだろう?」と疑問に思ったから「疑問は残る」と書きました。
Service packでやるという事に関して、個人として「賛成とも反対とも決められない、単純に良いとも悪いとも言えそうにない」と思ったから「疑問は残る」と書いたんです。
ところで
とか
言葉狩りじゃないけれど (スコア:1)
まず、「『XXするべきか』という疑問が残る」という文章には、次の二つの内容を含んでいると思われます。
a) 「『XXするべきか』という疑問」の存在の提起
b) 上記「疑問」が問題対象に残存していると断定
しかし、元の文章単体では、筆者の明示的提言をbの「疑問」の残存することだけに留め、aの「疑問」の提起者を不定にする効果があると思われます。更に、文末が断定文であるので、「疑問」自体は、普遍的に存在するかの印象を与えるのでないでしょうか?
一方、実際の文章では、この「疑問」を筆者が自由に設定出来ます。
結果として、皆無の事実から、今まで存在していなかった「疑問」の存在を当然に錯覚させる効果を生む、卑怯な論法といえます。マスコミなどが多用するのは当然でしょう。
従って、正当な論議をしたい場合には、「疑問」が当然に思われる場合を除いて、使用を控えるほうが良いでしょう。
今回の場合は、単純に、「Service Packでそこまでやるべきでしょうか?」と疑問を投げかければ良かったのではないかと思います。
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