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見出し著作権裁判、読売新聞が敗訴」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward on 2004年03月25日 6時01分 (#520553)
    一行ニュース表示のオブジェクトを、いろんなサイトに設置してもらうことは、新聞社にとっては、自社サイトを宣伝する広告を、黙っていても誰かが無償で設置してくれているようなものと言えないだろうか。

    それはすなわち、ニュースのリストという情報価値と、宣伝費用とが等価交換されているということではないか。

    インターネット以前の時代を振り返ると、たしかに、一行二行程度の短いニュースメッセージが、新幹線車両の前部の電光掲示板などに表示するサービスがあり、そこでは、サービス提供者が新聞社にいくらかの料金を支払って、ニュースを購入していたのだろう。

    脳硬直した新聞社からすれば、そうした旧来の短信サービスと、インターネットにおける一行ニュースバナーとを同一視してしまうのではなかろうか。

    しかし実際はというと、さすがに新幹線用ニュースでは、単なる見出しではなく、短いながらもそれ専用に編集された内容のある記事になっていたはずで、一行ニュースと同一視できるものではなかろう。見出しは、見出しを見た人が本文記事にやってくることを期待したものであり、記事本体ではない。

    一行ニュースバナー広告による集客力の価値がいくらになっているのかを、きちんと評価すべきであろう。誰もやらないのかな。

    • >一行ニュース表示のオブジェクトを、いろんなサイトに設置してもらうことは、新聞社にとっては、自社サイトを宣伝する広告を、黙っていても誰かが無償で設置してくれているようなものと言えないだろうか。
      >
      >それはすなわち、ニュースのリストという情報価値と、宣伝費用とが等価交換されているということではないか。

      それは、新聞社側が権利を(積極的には)主張せず暗黙の了解的に利用するのなら問題ないでしょうが、
      新聞社の情報を利用している側や第三者がそれを主張するのはお門違いではないかと。
      無断で利用しておいて、文句を言われたら「お前のためにやってるんだよ!」と逆ギレされるようなものです。

      パロディはパロディ元の宣伝になってるからいいじゃねーか、の理論。
      #もしくは親が子供の日記を勝手に読む理論、でも可(笑)。

      「価値を評価すること」は有用でしょうが、法的にどうかとなると……
      素人考えだと、損害賠償の金額を算定するのには役立っても、
      権利侵害の有無判断に影響を与えるとは思えないんですがどうなんでしょう。
      親コメント
    • 「ほげほげ(讀賣新聞)」とかしてれば、 その考え方が成り立ったかもね。
      今回のは「ほげほげ」だけだったんじゃないかと。

UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie

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