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USTRが日本の3G TD-CDMA市場閉鎖性に注文」記事へのコメント

  • 何をほざいているんだとこういうニュースを見るたびに思う
    • アメリカからいちゃもんがついて日本が不満を持つことこそ数あれど、真に憎いのはそれを明快に言ってのけてしまう報告書ですね。今回の報告書もたった13ページしかありません。それこそ、日本人でも英語がある程度読

      • 日本がその手の文書を厚くするのは、大学や学会の、論文枚数主義が
        裏にあるからと思われます。
        よく、卒論なんかで条件としてA4○○枚以上なんていう規定を
        見かけたり、枚数で優劣を競ったりするのを見かけます。
        これは明らかに間違いで、ダラダラと無駄に伸ばした100枚より、
        押さえるべきところは押さえ、捨てるべきところは捨てた10枚の
        ほうが評価されるべきしょう。

        確かに厚みがあれば、それだけがんばって書いたようにも見えます。
        が、多くの/.erがご存知の
        • by Anonymous Coward on 2004年04月09日 13時12分 (#528978)
          > 大学や学会の、論文枚数主義が裏にあるからと思われます。

          これは明かに違うでしょう。別に枚数主義なんてのがあるわけじゃない。日本の大学では教える方も教わる方も、まともなプレゼンテーションの仕方を知らない。なぜ知らないかというと、系統だてて教わる機会がまったくないから。何も知らないもんだから質の良し悪しを論理的に判断できず、いきおいよりどころが量だけになってしまう。

          たとえば米国では幼稚園の段階からクラスメートを前にひとりで何か喋るという訓練をしているわけで、プレゼンテーションの重要さの認識度合が違う。大学で学位を取るのも、単にその道で研究成果を挙げるだけじゃない。専門家として効果的な意思の疎通とプレゼンテーション(論文の書き方やトークのしかた)ができるようになることが明確にカリキュラムの重要な一部になってる。アカデミズムに残るのなら学生の指導方法に習熟することもきちんと求められる。そういった諸々をクリアしてはじめて学位がもらえる。だから過去の研究業績をまとめるだけの「論文博士」なんて決っしてあり得ない。

          このあたりの違いさえ認識できず、偏った経験則や「理科系の作文技術」を読めとすすめるだけの人間が教える側に立ち続けてるから、いつまでたっても日本の学生たちはプレゼンテーションがうまくならない。教える側に知識がないし下手なんだから、教わる側が上手くなりようもない。
          親コメント

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