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アメリカからいちゃもんがついて日本が不満を持つことこそ数あれど、真に憎いのはそれを明快に言ってのけてしまう報告書ですね。今回の報告書もたった13ページしかありません。それこそ、日本人でも英語がある程度読
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人生の大半の問題はスルー力で解決する -- スルー力研究専門家
アメリカみたいな発展途上国が (スコア:0)
言ってることは悪くてもプレゼンがうますぎる (スコア:2, 参考になる)
アメリカからいちゃもんがついて日本が不満を持つことこそ数あれど、真に憎いのはそれを明快に言ってのけてしまう報告書ですね。今回の報告書もたった13ページしかありません。それこそ、日本人でも英語がある程度読
Re:言ってることは悪くてもプレゼンがうますぎる (スコア:2, すばらしい洞察)
裏にあるからと思われます。
よく、卒論なんかで条件としてA4○○枚以上なんていう規定を
見かけたり、枚数で優劣を競ったりするのを見かけます。
これは明らかに間違いで、ダラダラと無駄に伸ばした100枚より、
押さえるべきところは押さえ、捨てるべきところは捨てた10枚の
ほうが評価されるべきしょう。
確かに厚みがあれば、それだけがんばって書いたようにも見えます。
が、多くの/.erがご存知の
Re:言ってることは悪くてもプレゼンがうますぎる (スコア:0)
これは明かに違うでしょう。別に枚数主義なんてのがあるわけじゃない。日本の大学では教える方も教わる方も、まともなプレゼンテーションの仕方を知らない。なぜ知らないかというと、系統だてて教わる機会がまったくないから。何も知らないもんだから質の良し悪しを論理的に判断できず、いきおいよりどころが量だけになってしまう。
たとえば米国では幼稚園の段階からクラスメートを前にひとりで何か喋るという訓練をしているわけで、プレゼンテーションの重要さの認識度合が違う。大学で学位を取るのも、単にその道で研究成果を挙げるだけじゃない。専門家として効果的な意思の疎通とプレゼンテーション(論文の書き方やトークのしかた)ができるようになることが明確にカリキュラムの重要な一部になってる。アカデミズムに残るのなら学生の指導方法に習熟することもきちんと求められる。そういった諸々をクリアしてはじめて学位がもらえる。だから過去の研究業績をまとめるだけの「論文博士」なんて決っしてあり得ない。
このあたりの違いさえ認識できず、偏った経験則や「理科系の作文技術」を読めとすすめるだけの人間が教える側に立ち続けてるから、いつまでたっても日本の学生たちはプレゼンテーションがうまくならない。教える側に知識がないし下手なんだから、教わる側が上手くなりようもない。
Re:言ってることは悪くてもプレゼンがうますぎる (スコア:0)
大嘘こいちゃいけません。
学ぶ気が無いからで、学ぶ機会はいくらでもあります。
#口開けて待ってるだけって、鳥の雛じゃあるまいし
Re:言ってることは悪くてもプレゼンがうますぎる (スコア:0)
たとえば?
> 口開けて待ってるだけって、鳥の雛じゃあるまいし
自主的に学ぶもの、という程度にしか重要性を認識していないことを如実に示す発言
Re:言ってることは悪くてもプレゼンがうますぎる (スコア:0)
>たとえば?
学内学外を問わず、ふつーに講義やセミナーがありますが。
必要最低単位しか取らないような怠け者には見つけられないようですね。
Re:言ってることは悪くてもプレゼンがうますぎる (スコア:0)
そういう話じゃないでしょ。学位を取得した者に期待される最低限度の能力のことなんだから。「内外を問わずにセミナーがある」なん