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国会図書館が浮世絵1万点をオンライン公開」記事へのコメント

  • カタログ (スコア:2, 参考になる)

    by Futaro (2025) on 2004年05月05日 0時12分 (#541590) ホームページ 日記
    絵画とか版画とかの本物を目の前にして、かつそれを触って見るとか、あるいは触れるほどの距離でじっくり眺めていると、いろいろと面白いことがわかってくる。コピーではわからない興味深いこともわかるようになる。ガラスごしで見るとか、こういったWebで見るものがどれほどほんものとかけ離れているか、ということが実はよくわかる。

    本物を見る、ということにお金をかけると、ちゃんとそれなりのものが見えてくるよ。できれば所有して、自分のものとすると、今度はまたさらに違う世界が見えてくるし、自分のまわりに広がってくる。もちろん有名なものは高いけれど、そうでないもので数万円出せば買えるものでも、このことは変わらない。

    だから、こういった「Webで見られます」って言うのは、やっぱり「カタログ程度のもの」と割り切ったほうがいいと思う。で、そういうレベルの範疇では、これはこれなりに面白いし、資料的な価値はあると思うけど。
    • 同感。確かに、(専門の研究者には物足りないかも知れないけど)普通の人には便利だとは思う。

      ただ、そうなると、このカタログってのは一体どういう価値があるんだろうと思う。
      こういうものがあるよ、と言う知識を得るためのものなんだろうか? あるいは、事前知識として把握するためのものなんだろうか?

      よく言われる事だけど、最初に、本物(の良いもの)を見るのが大切だと言われる。

      だから、使い方を間違えると、例えば、子供達には誤って伝わってしまう可能性も考えた方が良いんじゃないかと思う。
      それだけでなく、もしかしたら、同じコピーでも紙に載った写真には、Web上のコピーとは違った効果があるかも知れない事とのバランスを考えた方が良い(もしかしたら、ある種の教育では、紙のコピーはWebのコピーに優るという可能性もある)。

      とりあえず、(日本にいない)外国人に手っ取り早く浮世絵を見せるには良いね。

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      • Re:カタログ (スコア:1, すばらしい洞察)

        by Anonymous Coward on 2004年05月05日 1時15分 (#541613)
        例えば歴史史料として捉える場合、通覧できるカタログがあるのとないのとでは調査の効率が全然違って来る。美術の観点からは問題があるのかも知れないが、価値は十分にある。
        で、今回のプロジェクトをやってるのは美術館ではなくて図書館だ。単にものの見方が違うだけの話だと思う。

        >とりあえず、(日本にいない)外国人に手っ取り早く浮世絵を見せるには良いね。

        ああ、「日本は自国情報の発信が足りん」と外国からの小言を食らい続けている文科省あたりはすごく嬉しいだろうね。
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        • by gendohki (16311) on 2004年05月05日 12時36分 (#541696)
          少なくとも教材には使えるんじゃないかな。
          先生だけじゃなくて、親が子供に見せるんでもね。

          #まぁ、浮世絵だけだと何に使うんだよ。とか言われそうだけども(苦笑)。
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          「なんとかインチキできんのか?」
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    • by Ryo.F (3896) on 2004年05月05日 4時49分 (#541634) 日記
      大方同感なんだけど、版画はもともと複製を意図してたりするんで、完全に同意はできないな。
      あと、音楽にも同じようなことが言えるよね。でも、もともとCDなんかのメディアを通して聞かれることを意図して作られる音楽と言うものもあったりするわけで、この辺の事情も同じ。
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      • 今も江戸時代に使っていた「染め型」をそのまま使って、新しい浴衣を作ったりする職人がいるんだが、当時の染料と今の染料が微妙に違うし、もちろん布地もこれまた微妙に違う。だから、できたものはおそらく当時の製品に似たものではあっても、当時そのままじゃないんだよね。だから、「版画は複製」とはいっても、実物を見れば昔作った「コピー」と、今作った「コピー」が違うこともあって、これはこれで非常に興味深いもの。こういった「バラツキ」がまた、非常に大切な情報だったり、「味」の違いにつながっていたりする。だから、「コピー」は意図されたものではあるけれど、そこから漏れた情報に大きな芸術性や価値があることもあるから、簡単には言えないところもある。だから、版画といえど、昔、版画家本人の手で刷られたものと、今、同じ版木を使って刷られたものでは価値が違うわけで。
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        • by Anonymous Coward
          逆に経年変化で変色したりして今現存しているオリジナルを直接
          手にとって見たとしても、江戸時代の人々が目にしたものとは同
          じとは必ずしも言えない訳です。逆に今摺りなおしたレプリカ?
          の方が当時の人が目にしたものに近
        • by Anonymous Coward
          >「版画は複製」とはいっても、実物を見れば昔作った「コピー」と、今作った「コピー」が違うこともあって、これはこれで非常に興味深いもの。こういった「バラツキ」がまた、非常に大切な情報だったり、「味」の違いにつながっていたりする。

          なら、デジタル化にあたっての変化も、「バラツキ」であって「味」なんじゃないの?
          複製物は紙であろうとなかろうと、それぞれ失った情報もあれば新たに得たものもあるわけで、それらは等価なものであると考えられないか?

          ついでに言えば、時には絵の具の成分を調べたり、絵の具を剥がして下絵を見たりといった、破壊的な方法
    • Re:カタログ (スコア:1, おもしろおかしい)

      by Anonymous Coward on 2004年05月06日 20時02分 (#542219)
      キャッチセールスのおねーちゃんに同じ事言われた
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    • by gigo (21150) on 2004年05月06日 22時16分 (#542300)
      アーティストが絵を完成するまでには、例えば杉浦日向子さんの「百日紅」に出てくるように、いろんな準備や試行錯誤をするし、先生や弟子や、共通の興味を持ち、時には競争相手にもなる近くの同業者の人とディスカッションをしていますよね。

      Webと本物を1点で比べたらどちらが良いか明らかですが、今のWebでは何十点もの作品を一度に見れるようになってきました。実例がすぐに出てこないのですが、練習、失敗作、同時期の別の人の作品、そのアーティストが見て参考にしただろう過去の絵も見れるし、いつ誰が何を思い付いたか、それをどのように発展させたかもわかると感じています。僕は、百点のWebは一点の本物に勝ることがあると思いますが、Futaroさんの考えを聞きたいです。

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一つのことを行い、またそれをうまくやるプログラムを書け -- Malcolm Douglas McIlroy

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