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「外来語」言い換え、第3回中間発表」記事へのコメント

  • ボトルネック (スコア:1, すばらしい洞察)

    by Anonymous Coward
    「ボトルネック」=「支障」は根本的に違うような…。
    どちらかというと、「足かせ」のような意味で使われますよね?
    • 意味から考えると「制限」とか「(限界を決める)処理能力」とかの方が近いように思います。そもそも「隘路」という言い方はぴったりでは。言い換えるなら「隘路」がいいです。
      • by Anonymous Coward
        > 「隘路」

        読めない人が多いのでやめてください。

        とか書くと、どこぞの誰かさんに
          レベルの低いほうにに合わせてくれなきゃヤだい!、
          ってことでしょうか?賛成できません。
          つーか、もう読めるようになったでしょ
        • あんたも古いことよく憶えとるね(笑)。

          もちろんその通り。別に東大卒の平均的学力を基準にせよ、と言っているわけじゃないんだから。それに、他の人も指摘しているように、ルビという便利なものもあるわけだし、そういう
          • by Anonymous Coward
            「読めない人の方が多い」とは言ってないんだからたぶん間違ってないと思うよ。根拠を求める必要は感じないけど。

            読める人は何も言わないので当然読めない人の声の方がでかくなりますが、それでも「読めるより読めない方が困る」んだから、読めないという声が上が
            • > 読めないという声が上がったらそれを受け止める度量がほしい。

              賛成できないな。読めない、というのなら、まず辞書を引いてほしい。その程度の努力もしないのに他人の労力を要求するような態度に対しては、非寛容であって良いと思います。
              もちろん、相手が辞書を引く
              • by Anonymous Coward
                > まず辞書を引いてほしい。その程度の努力もしないのに他人の
                > 労力を要求するような態度に対しては、非寛容であって良いと
                > 思います。

                一点目。「努力」というと「するべきもの」という印象があるけど、
                辞書を引くのは「手間」であるという観点もあるわね。それは
                どう思う? もちろん手間かどうかは人それぞれなわけで、Ryo.F
                的には手間とは思わないんだろう。でも、手間だと思う人もいる
                ことは理解している?

                二点目。「他人の労力」とは平仮名で書いたり平易な言葉に
                置き換えたりする労力のことを指しているのね? この労力と
                辞書を引く労力はどちらが優先
              • > 一点目。
                > 辞書を引くのは「手間」であるという観点もあるわね。

                あるね。でも、その手間は大したものではありません。今は電子辞書もあるしね。なのに、自分の手間を惜しんで、他人に手間(=自分に教えさせる)をかけさせるのは人としてどうか。
                さらに言えば、辞書を引くという手間をかければ、読みだけでなく意味も解る。関連する語を知ることもできるかもしれない。それだけの利点があるにもかかわらず、辞書を引く手間を惜しむ人間を、他人が助けなかったとしても、なんら非難されるべきではありません。特別な利害関係でもない限り。聖書に曰く、天は自ら助くるものを助く。
              • by Anonymous Coward
                > いつまでも「教えて君」で良いと思うのか

                わたしに言わせればあなたがたは「教えてやる君」ですよね。
                わざわざ難しい漢字を使い、知識をひけらかし、辞書を引く
                べきだ、努力が足りないと叫ぶ。誰も教えてくれなんて言って
                ないんですけどね。

                > 辞書を引くこ
              • > わたしに言わせればあなたがたは「教えてやる君」ですよね。

                いいえ。むしろ「教えてやらない」って言ってるんですが(笑)。

                > わざわざ難しい漢字を使い、知識をひけらかし、

                私が使う程度の漢字は、大して難しいものではありません。所詮私は理系人間ですから。また、私の持つ知識も、大したものではありません。あなたも努力すれば十分身につくか、既に身についているであろう程度のものです。
                私にとっては、私に身についている知識が自然とにじみ出ているだけで、「ひけらかし」ているつもりなど微塵もありません(笑)。
                「ひけらか」された、と感じるとしたら、それ
              • by Anonymous Coward
                > 「ひけらか」された、と感じるとしたら、それはあなたのコンプレックスが
                > そう思わせるだけかもしれませんよ。

                結局、読み手の知識が足りないという結論に持っていきたいわけでしょう?
                  「こんな漢字は簡単」
                 →「読み手のレベルが低すぎる」
                というのがいつもの Ryo.F 的展開ですね。

                > 私は高校卒業程度を一つの基準にしています。あなたはどうですか?

                高校卒業程度はひとつの妥当な線だと思いますが、あなたの言う高校卒業程度は
                レベルが高すぎです。

                「縦」のスレッドによると、
                  「高校の漢文でならっただろうから誰でも知っているだろう」
                というような意見な
              • > 「その昔高校で習ったであろうこと」を「高校卒業程度の知識」と定義
                > するのは反対です。高校で習ったであろうことを全部覚えているのは
                > Ryo.F のような天才くらいですよ。

                誤解があるようですね。まず、私は「天才」ではありません。先日の/.J福岡オフの参加者に聞いてみてください。「あいつはバカだ」って言いますから(笑)。

                それはともかく、私は「高校で習ったであろうことを全部覚えている」わけではありません。忘れていることも当然たくさんあります。高校時代の同級生には、よく「こんなことも知らないのか」と馬鹿にされます
              • いや、ちょっと待ってください。
                753教育って言葉がありましてね。現状小学校で7割、中学校で5割、高校で3割程度しかカリキュラムを習得せずに卒業するものがほとんどなのだそうですよ。
                つまり、高校卒業程度、というのは高校のカリキュラムの3割程度の知識なわけです。
                残りの7割もの分量を調べればわかるだろというのはちょっと
              • > 753教育って言葉がありましてね。

                ええ、だからその場合は「日本の高校教育が間違っている、というだけ」です。「卒業」というのは、定められた内容の習得を意味していますよね(定義)。卒業したのに定められた内容の三割しか習得していないとしたら、間違っているのは「卒業」の定義の方なのか、実際に行なわれている教育の方なのか。
                まぁ、これが中学校までであれば、基本的に落第はないわけですから、定義の方が間違っている、という意見もあるかもしれません。しかし、高校以上では定められた内容を習得
              • いや、もちろん753教育は間違ってはいるんですが、間違ってるからといって対応しないのはいくらなんでも無意味だと思います。
                現状は現状として受け止める必要があるのではないですかね。
                本来どうあるべきかは別として。
              • by Ryo.F (3896) on 2004年07月01日 17時54分 (#580453) 日記
                > 現状は現状として受け止める必要があるのではないですかね。

                だとすると、本来高校卒業に値しない人には、高校卒業後に勉強してもらうのが良いでしょう。例えば、本来の高校卒業レベルの文章を辞書を引きながらでも読んでもらうとかね。
                それとも、世に広く読まれる文章は小中学生レベルに合わせて書け、という話になるでしょうか?なぜなら、世の中のほとんどの人は中学生レベルの半分程度、小学生レベルの七割程度しか理解していないのだから。いくらなんでもそんな酷い話はありません。

                > ゆとり教育にしても本来低い方にレベルを合わせるということではなく、内容を圧縮して効率を上げるというのが目的のはずです。

                んー、論理的ではないですね。違いがちっとも解りません。「内容を圧縮する」というのは要するに、「内容を減らす」という事でしょ?内容が減れば、目標が低くなるわけですから、目標達成率即ち「効率」は上がる、という理屈ですよね?それは正に「低い方にレベルを合わせるということ」に他なりませんよ。
                親コメント
              • おっしゃるとおり酷い話ですが、広く読まれる文書は小中学生レベルで書く必要があると認識しています。
                それ以上のレベルになるとまず読まれませんから、そもそもの文書の存在意義が無くなるでしょう。
                勉強しない奴は読まなくていいよ、と言える場面ばかりじゃないのが現実ですからね。

                教育論云々まではやるつもりはないので、内容を圧縮することと内容を減らすこととはまた別の話、とだけ言っておきます。

                # でも究極的には教育レベルの底上げが必要だよね、って話になって教育論云々になるんだよなあ……
                親コメント
              • by Ryo.F (3896) on 2004年07月02日 11時22分 (#580936) 日記
                > おっしゃるとおり酷い話ですが、広く読まれる文書は小中学生レベルで書く必要があると認識しています。

                まぁねぇ…政府広報とかならそれが必要だと思いますが、新聞記事とか/.Jでそれが必要だとは到底思えません。もし/.Jでそれが必要だ、という事になれば、私は/.Jを去ることを選ぶでしょう。
                いずれにしても、koshianさんの話は「低い方に合わせる」話ですね。

                > 内容を圧縮することと内容を減らすこととはまた別の話、

                なぜ別の話なのかちっとも解らないです。古いのを圧縮した分、新しいものを取り入れる、というのなら「別の話」なのでしょうけど、そうではないのでしょうね。もしそうなら、説明はたった一行。教育論というほどの問題ではありませんからね。
                きっと何か深遠な理論があるのでしょうけど、それは教育論の専門家内部だけで通用するナイーブな議論なんじゃないでしょうか。現実がそれを証明したりしていませんか?
                親コメント
              • 念の為確認しますが、これは『ボトルネック』の言い替え語として『隘路』が適切であるかどうかという議論ですよね?

                > おっしゃるとおり酷い話ですが、広く読まれる文書は小中学生レベルで書く必要があると認識しています。

                まぁねぇ…政府広報とかならそれが必要だと思いますが、新聞記事とか/.Jでそれが必要だとは到底思えません。もし/.Jでそれが必要だ、という事になれば、私は/.Jを去ることを選ぶでしょう。

                ここらへんに微妙に認識の差があるようですね。/.-jなら別に私も文句はいいません。でも新聞記事なら文句を言う場合もあるでしょうね。
                ボトルネックの言い替え語として隘路と新聞記事で使われたら、これは文句言ってしかるべき場合だと思います。隘路の『隘』の字は常用漢字ではありませんから、これはたいていの人が意味のわからない漢字だと考えるのが妥当です。かなで書かれたとしても『あいろ』という単語を義務教育までで教えてなければ、新聞記事で使用するのは不適切だと考えますし、確認は取れないのですが恐らく教えてないでしょう。
                理解されない単語は外来カタカナ語と変わりませんから、言い替える意味がまったくありません。

                教育内容の圧縮に関してですが、教育論云々をやりたくないのは私が専門家ではないからです。きちんと説明できる自信がありませんから。
                ただ、圧縮という言葉を選んだのは内容が伝わった後に伸張すれば元の容量に戻るからです。そういうやり方もあるのだということです。実際にはそんな単純ではないですけども。
                体験学習、発見学習などの手法をまじえることで、短期間に同じ内容を効率良く理解まで導くという方法もあるでしょうし、他の方法もあったと思います。
                台形の面積を求める公式が削られたのも、平行四辺形の面積が求められれば台形も求められる [dti.ne.jp]からでしょうし、円周率が3なのも、小数点の前に図形を詰めたかったからでしょう。効率化という狙いはいいのですが、機能してないのが問題ですね。
                親コメント
              • by Ryo.F (3896) on 2004年07月03日 13時55分 (#581673) 日記
                > ボトルネックの言い替え語として隘路と新聞記事で使われたら、これは文句言ってしかるべき場合だと思います。
                > 隘路の『隘』の字は常用漢字ではありませんから、これはたいていの人が意味のわからない漢字だと考えるのが妥当です。

                それはむしろ、常用漢字に『隘』を入れるか否かを問うべき問題です。
                私は、新聞記事を常用漢字に制限することの妥当性を疑っています。戦前はそう言うものはなかったわけです。その代わり、ルビが多用されていました。おかげで、学齢を離れた人も読めない漢字が読めるようになる機会が多かったわけです。その分、文化も豊かだったと思います。

                > 理解されない単語は外来カタカナ語と変わりませんから、言い替える意味がまったくありません。

                「教えないと解らない」と言うのはそのとおりですが、別の観点から言えば、「教えないから解らない」と言うことですね。 koshianさんの考え方は、「学び」と言うものを学校の中だけに閉じ込めようと言うものです。それでは文化は貧しくなり、やせ細っていく一方です。
                また、表意文字で表現されるのと表音文字だけで表現されるものの間にまったく差がない、とは言えないでしょう。特に新しい概念の場合は大きな差があります。新しいカタカナ語は、調べる方法すら見つからない場合があります。何故なら、元の言語は何か、とか元の綴りは何か、と言うことがほとんど解らないからです。漢字の場合は、判らない漢字でも漢和辞典を引けますね。
                もちろん、漢和事典を引いたところで、外国から新しく輸入した概念が出ているわけではありませんが、適切な漢語を当てることで、かなりの部分救うことができます。この違いを無視して「言い替える意味がまったくありません」と言うのは乱暴過ぎると言うものです。

                > ただ、圧縮という言葉を選んだのは内容が伝わった後に伸張すれば元の容量に戻るからです。
                <<略>>
                > 台形の面積を求める公式が削られたのも、平行四辺形の面積が求められれば台形も求められる [dti.ne.jp]から

                その理屈は正しいです。
                ただし、それを言うなら、例えば上のようなユークリッド幾何学の問題は、ユークリッド幾何学における公理系だけを教えれば、論理的にはそれだけですべてを伸張可能です。あなたの挙げた平行四辺形の面積にしても、三角形の面積の求め方が解っていれば教える必要がない、と言うことになります。
                しかしそれは実際には機能しません。何故なら、初等教育においては、そもそも応用とは何か、と言うことを発展的・段階的に繰り返し教えることが重要だからです。でないと、応用と言うこと自体を習得できないからです。
                もちろん、これは程度問題ですので、どの辺りに線を引くか、と言う問題はあります。それは難しい問題だと思います。
                ただやはり、あなたの言う「内容の圧縮」は「内容の削減」とまったく同義です。例えば、ゆとり教育以前の内容が100だったとしましょう。ゆとり教育でその内容が80に圧縮されたけれども、伸張(応用)でそれは100にすることが可能だ、と言うのが「圧縮理論」です。でも良く考えてみれば、以前の内容の100はもしかすると伸張(応用)で120にすることが可能かもしれない。いや、きっと可能です。でも、80の内容を120に伸張(応用)するのは困難でしょう。そう言う話でしかありません。
                それと、初等教育では繰り返し訓練することが重要だといわれていますね。これを圧縮することは不可能です。
                「学問に王道なし」です。少なくともそれは、初等教育においては正しいとしか言い様がありません。
                親コメント
              • 常用漢字そのものの妥当性の話になると、もはや言い替え語の話ではなくなりますね。
                正直に言いますと、私もルビをもっと多用し、難しい漢字や熟語も使えるようにすべきだと考えています。

                ただ、おっしゃるような「調べることが可能だ」というのは大きく疑問です。なぜならそもそも「調べ方がわからない」という人が意外に多いからです。
                上の方のコメントでRyo.F氏が天才だいや天才ではないというやりとりがありましたが、実はRyo.F氏のみならず、私も含め/.-jに集まるような人達というのは天才的な頭の良さをもっているんです。
                これはおごりたかぶりと取られてもしょうがない部分はあるのですが、一般人のレベルというのが我々が考えている以上に低いという現実が、相対的に我々を天才の領域に押し上げてしまってるんです。
                「辞書が引ける」という当り前すぎる行為ができるだけでも、実はけっこうすごいことなんです。残念ながら。
                こういう「すごい人」の周囲には自然「すごい人」が多く、また「本当にすごい人」にふれる機会もあるため、非常に気付きにくい事であると思います。
                もちろんこういった問題の元凶は学校教育だと思いますが。

                「隘路」というような単語はこういう調べることができる人が読むものに使われている分には構わないと思いますし、実際そういう利用はされているでしょう。言い替えは公共性の高い場で使われているカタカナ語の代替品ですから、不適切だと考えます。表意文字とはいえ、表してる意が伝わらなければ表音文字と変わらないのです。
                「これがボトルネックになっている」を「これが足を引っ張っている」というような言い替えこそが適切でしょう。

                ここで一つ謝罪しなくてはなりません。
                きちんと説明できる自信が無いものを中途半端に説明してしまい、いささか誤解を与えるような書き方になってしまったことです。申し訳ありません。

                しかし反論すべき所は遠慮なく反論させていただきます。
                門外漢のつたない説明でもうしわけないのですが、教育方法はくり返しによる訓練のみではありません。それが重要である事は変わりませんが、教育方法も多様なのです。画一的な講義形式が唯一の手法ではないということです。王道なしはいいのですが、時間をかければいいという事でもないでしょう。圧縮を別に言い替えれば、ぎゅうぎゅう詰めのリュックも、きちんと畳むなり要領良く入れるなりすれば実は2割くらいのゆとりが出る。これが本来あるべきゆとり教育だということです。
                親コメント
              • by Ryo.F (3896) on 2004年07月05日 13時22分 (#582671) 日記
                > ただ、おっしゃるような「調べることが可能だ」というのは大きく疑問です。
                > なぜならそもそも「調べ方がわからない」という人が意外に多いからです。

                つまり、「低いレベルに合わせる」話ですね。前から言っているように、そういう意見には賛成できません。もちろん、「低いレベルに合わせ」た新聞( [yomiuri.co.jp])もあっていいとは思います。しかし、みんなが「低いレベルに合わせる」必要はないはずです。

                > 相対的に我々を天才の領域に押し上げてしまってるんです。

                それは、学校教育だけの問題ではなく、実質的な常用漢字・ルビの規制にも原因があるんじゃないですかね。「低いレベルに合わせる」ことによって必要以上にやさしくするから、調べるのすら面倒だ、という人が出てくるのではないでしょうか?
                もしそうだとすれば、必要なのは「低いレベルに合わせる」ことではなく、「低いレベルに合わせ」ないことですね。

                > 「これがボトルネックになっている」を「これが足を引っ張っている」というような言い替えこそが適切でしょう。

                例えば、それを「隘路」の解説として、記事の後にでもつけてはいかがでしょうか?実際、難しい用語の解説が新聞紙面に載ることは珍しくありませんよね。意味が解った上に語彙も増えて、いいことばかりじゃないですか。

                > 王道なしはいいのですが、時間をかければいいという事でもないでしょう。

                もちろんそうですが、時間はかける必要がある。そうでない方法は、それほど簡単ではありません。教育というのは、ITなんてぽっと出の技術と違って、歴史のあるものです。もしそんなに有用な方法があれば、とっくにどこかで採用されています。
                ま、おっしゃるような教育の技術革新がまったく無いとは言いません。しかしそれは難しいことです。だから「現実がそれを証明」しているのではないか、と書いたわけです。従って、「王道なし」なのです。
                親コメント

コンピュータは旧約聖書の神に似ている、規則は多く、慈悲は無い -- Joseph Campbell

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