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2007年の世界SF大会は日本で開催」記事へのコメント

  • SF漫画の代名詞ドラえもんの道具の実現可能性を議論してみる
    • 開催される2007年はハインライン生誕100年です。
      ハインラインの誕生日はなんと7/7、日本古典SFの傑作「竹取物語」の日です。

      そこで、「伝承・神話の中のSF」といったテーマ設定はいかがでしょうか。

      「人形つかい」つながりで攻殻機動隊関連ネタ、「愛に時間を」つながりでトップをねらえネタとい手もありますが、ちょっとありきたりすぎますから。
      • by Anonymous Coward
        すみません、竹取物語がなんでSFなのか分からないんですが。

        たしかに、現代では月はscienceの対象でありますけどね。当時はscienceなんて考え方はなかったわけですし。

        それに、scienceという考えかたが誕生して以降も、何がscienceの対象かということも変化してるわけだし。そういう意味では、歴史上、scienceの対象とはならなかった物なんてなにもないのかもしれません。一方で、現代の生活において、身の回りにあ

        • 竹取物語の場合、科学うんぬん以前に、宇宙人絡みの話にも読めるせいだと思います。月=科学という定義で、SFと言っているわけじゃないと思いますが?

          別に科学=SFでもないと思いますよ。あくまで空想科学。現存する科学に縛られるものでもありません。作品内部で整合性さえきち
          • じゃあ宇宙人=scienceですか? たしかに、現代人にとって、宇宙や宇宙人はscienceの対象になりえますが。竹取物語が書かれた時代においては、宇宙人も鬼も天女も魔界も仙人も同じようなものなのではないでしょうか。

            それから、整合性ということで言えば、どのジャンルの文学であっても、内部で整合性

            • 普通に知覚できる日常とはかけ離れた世界、
              そしてそこの住人をどれだけ描けば
              SF足りうるか?ということでしょうか。
              #書かれた時代背景とか作者の理念まで読み解くとなると
              #文学者にお任せという気分ですが

              #しきい値を決めることは科学的!かも、なのでAC
              • すみません、言いたいことがうまく伝わっていないようです。

                普通に知覚できる日常とはかけ離れた世界、
                そしてそこの住人をどれだけ描けば
                SF足りうるか?ということでしょうか。

                「普通に知覚できる日常とはかけ離れた世界」というだけなら、天国や地獄や仙人や天女や魔法使いだってそうです。でも、仙人や魔法使いが出てくるような話をふつうSFには分類しません(おとぎ話とかファンタジーに分類されると思います)。それは、SFの「

              • こういう定義の仕方をしちゃうと、ハードなSFだけがSFで、SFと
                思われている作品までSFからはずれちゃったり、SFと思えないもの
                までSFになっちゃうよ。極端な例を二つ挙げます。

                アシモフのI, Robotは、ロボットが出てるけど、科学知識それ自体は
                ほとんどバックボーンになってない。「三原則」という律法がメイン
                テーマで、ロボットをゴーレムと呼びかえてもこの作品は成立しちゃいます。だからSFからはずれる?

              • by Anonymous Coward on 2004年09月09日 8時17分 (#619536)
                別の枝で話題になってるけど、「SFは~だ」というのを決めてSFを
                どんどん狭めていくより、いろんな作品の中のSFっぽいものを見つけ
                出して楽しむほうがいいんじゃない?

                といっても、「ポケットベルや携帯電話...恋愛ドラマ」はSFに含まれないと考えてるんでしょ? だったら、どこかに基準はあるんじゃないの?

                なんで、SFの基準を決めることイコールSFを狭めること、と考えてしまうのかなあ。

                親コメント
              • by NAT33 (17123) on 2004年09月09日 21時12分 (#619981)
                電話が含まれないのは、星新一氏の「声の網」すら否定することになっちゃいますよね。

                恋愛ドラマの否定となると、もっと多くの作品の否定になっちゃいますな。ちょうど手元に小松左京氏の「さよならジュピター」があるんだけど、これはSFじゃないのかな?(笑)

                道具一つやシチュエーションくらいで、どうにかなるほど、安易なジャンルとも思えませんね。

                基準にこだわってる人々って、ファンよりも周囲の人や外部の人々の様な?、ファン内で決まった基準なんか無いことに、周囲の方がムキになってるとしか思えない。
                親コメント
              • >基準にこだわってる人々って、ファンよりも周囲の人や外部の人々の様な?、
                >ファン内で決まった基準なんか無いことに、周囲の方がムキになってると
                >しか思えない。

                ファンか?と問われればたぶん違うと思うんだけど、
                嫌いというわけでは決してないわけですが、
                これはSF、これは違うといわれているのを見ると、
                どういう風に読めばいいんだろう?と感じてしまうので、聞いてみたくなるんです。

                自分はわかっ
              • by NAT33 (17123) on 2004年09月10日 22時22分 (#620486)
                敷居って高いですか?

                ハードSFなんかになると、確かにそういうのもあるとは思いますが(ホーガンの「揺籃の星」なんかは作者の真意が読めず悩んだが)、スペオペなんかだと、それこそ、「ダーティペア」(笑)だって含まれますからねぃ。

                一つのジャンルではあっても、一枚岩ではないんじゃないですか?

                自分にあったものを気楽に読んでれば、それでいいような?

                ついでに言うと、新井素子の「絶句」なんて大半のSFからは逸脱しちゃってるし、ハーランエリスンの「世界の中心で愛を叫んだけもの」なんかになると、内部的不整合のみで作品を作っちゃってますから、もはや何がなんだか。(ま、タイトルだけパクった安直な小説が流行ってるみたいですが)

                と言った具合に、わりとアバウトなもんだと思ってます。
                親コメント

あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall

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