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言語は音楽を決定するのか?」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward
    日本語って英語などとちがって脚韻を踏みにくいとよく言います。
    (頭韻は楽に使えるが)
    西洋のようにロックだのラップだのリズム重視の歌モノが発生する
    土壌ではないのかもしれませんね。

    流行の日本語ラップでも韻を踏むた
    • > 日本語って英語などとちがって脚韻を踏みにくいとよく言います。

      日本語は脚韻を踏みやすいと思います。
      例を示します。
      この段落は、脚韻を踏んでいます。
      「ですます調」の文章は、ほぼ必ず脚韻です。
      あと、文節ごとに「ね」を挟むような文でつなげば簡単に脚韻を実現できます。
      でもそれは全然面白くないので、体言止なんかと併用した脚韻を使うわけです。

      > 西洋のようにロックだのラップだのリズム重視の歌モノが発生する
      > 土壌ではないのかもしれませんね。

      それはむしろ、脚韻が踏みにくいことよりも、音節が単純であることに原因があ
      • by Anonymous Coward on 2004年11月12日 10時10分 (#651363)
        脚韻を踏んでいます、ですって?あなたのは最後に無声音のsを持ってきただけですね。英語だって(単数複数とか人称変化で)最後にsがつくときとつかないときがありますが、脚韻はそれとは関係なく存在するものです。

        「日本語が英語的な韻を踏むことができない」は真であると思います。それで多くの詩人が苦労しているのですから。
        親コメント
        • > 英語だって(単数複数とか人称変化で)最後にsがつくときとつかな
          > いときがありますが、

          何の反論にもなっていないよ。英語は、特に努力をしなくても無声音のs(あるいは、su)で終わる文章ばかりになるのかな?そんなことはないよね。だって、あなたが言っている通り最後に来る名詞が必ず複数形になるわけでもないし、複数形になった場合でも、それが無声音sになる場合と有声音z音になる場合があるんだから。

          > 「日本語が英語的な韻を踏むことができない」は真であると
          > 思います。それで多くの詩人が苦労しているのですから。

          私もそのように書いているつもりなんですが…
          もう一度読み直してもらえませんかね。
          親コメント

私はプログラマです。1040 formに私の職業としてそう書いています -- Ken Thompson

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