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日本発のオープンソースソフトウェアは42件 -- ある官僚
元々、日本の歌謡曲は (スコア:0)
Re:元々、日本の歌謡曲は (スコア:1)
そうかなあ?
勿論、稀に良いモノもあることを否定はしませんが、
「大抵は」ぐちゃぐちゃだなあと感じています。
標準語だろうと大阪弁だろうと平板言葉だろうと何でもいいんですが、
どれとも到底一致しそうにない音程の運びかたをする「歌」が
凄く多い、と思います。
しかも、近年の歌謡曲とかだけじゃなく、一昔前の名曲と言われてる奴や、
果ては民謡みたいなのに至るまで、
日本語のイントネーションを無視した曲は、ずいぶん沢山有るようです。
ただ、
それは「仕方ない」ことなのかも知れない、とも思います。
というのは、多分ですが、
日本語は、「使ってもいい音程の運び方」のバリエーションが、少ないんじゃないか?と思うんです。
例えば上から下へどんどん降りてくるような音符の並びは、
それに当て嵌まる日本語が滅多に無いような気がします。
上から降りてくる音列なんてのは、音楽的には、
有り触れてるし、魅力有る旋律を組み立てられる可能性がなんぼでも有るわけですが、
そういう美味しい奴を日本語では全然使えない…ということなのではないかと。
で、言語の範囲を守ろうとすると、あまりにも音列の自由度が少なすぎるから、
仕方ないからルール破りを多用せざるを得ない、ということなんじゃないかと。
まあいずれにせよ、
英語を教えるには英語の歌を、と言いますが、
日本語を教えるために使える日本語の歌を、俺は殆ど思いつきません。
英語みたい(?)にアクセントがベースな言語は、大丈夫なんでしょうね。
乱暴にいえば、好きな所にアクセントを置けばいいんですから。
一方イントネーションがベースだと、一旦上がったらどこかで下げないとならないという
前後関係の縛りがどうしても発生する。
それで、色々自由度が制限されるんだと思います。
Re:元々、日本の歌謡曲は (スコア:0)
>
> そうかなあ?
> 勿論、稀に良いモノもあることを否定はしませんが、
> 「大抵は」ぐちゃぐちゃだなあと感じています。
ぐちゃぐちゃというよりは、「東京アクセント」(必ずしも「標準語」では
ない)であることが多いと思います。
例)「悲しい海やね」(上田正樹)
歌詞は関西弁であるにも関わ
Re:元々、日本の歌謡曲は (スコア:1)
>ぐちゃぐちゃというよりは、「東京アクセント」(必ずしも「標準語」ではない)であることが多いと思います。
># カラオケでこれを聞くたびに違和感を感じる関西人の私....
あー。「そっち(関西の人)は」そう(東京モン)だと思っているのですね。
こっち(東ってゆーか北海道ですが)は、逆に、
「この関西弁らしきものは何だ?たぶん似非関西弁なんだろうな」
などと西に責任を押し付けよう(^^;とすることが多いです。
例:
#括弧をつけたところが、イントネーション(音高)が挙がるところですね。
春(の)う(ら)らの
すみだ(が)わ
のぼ(り)く(だ)りの
ふなび(と)が
(かいの)し(ずくの)
は(な)と(散)る
なが(めを)(な)に
たとう(べ)き
ほら(といって判ってもらえるかどうか…)。全然東っぽくないです。
西のどこらへんなんだろう?とか思ってしまう。
「春(の)」
「すみだ(が)わ」
「(散)る」
「たとう(べ)き」
とかなんて、東なら絶対言いませんよ。
お公家さん言葉の腐った奴かな?みたいな。
かといって、西の人に聞かせても
やっぱり違和感ありまくりとか言われるわけで。
これはきっと、出身地不明なイントネーションの歌が多い
ってことなんじゃないか、と邪推しています。
まあ元々、歌というものが大抵持っている、
「同じ節回しを何度も流用する」という性質が、
日本語の「単語や言い回しごとに全然違うイントネーションであり、統一性があんまり無い」
という性質と、まるっきり反りが合わないということ
なのだと思います。