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アレゲは一日にしてならず -- アレゲ見習い
自分も被験者に (スコア:1)
もし非破壊なら、自分の頭の中で、いくつまでの数が別個の領域にマップしてあるか、興味があるんですけど。きっと、個別マップ領域の外って、抽象的なんか
Re:自分も被験者に (スコア:2, 興味深い)
pythonは起動時に、あらかじめどうせ使うであろう0に近いあたりのintegerのインスタンスを、
数十個だか数百個だか生成しといて、プールに貯めとく、とかいう話だったかと。
一方rubyは、object参照変数にタグをかましてintegerを表現することにより、
実際にはintegerのインスタンスってものが無い、というかたちになってる、と。
個別マップがあるとすれば、脳はpython型だったということになる、のかな(^^;
マップのないruby型も魅力的だなあとか思ってみたり(^^;
つまり、マップとかインスタンスとかの有無と、数字「クラス」の有無とは、ちと違う概念かなーと。
なので、
>頭の中に1万くらいまでの自然数のマップがあるのは想像したくない……
数えられるかどうか?とマップが有るかどうか?とは、あんまり関係ない概念じゃないかあ。
ところで、「顔細胞」って有るんですってね。
他人の顔を顔だと認識し更に個人差(=それが誰なのか)を一発で判別する、という仕掛のために
人間では細胞のうち1割だか2割だかというトンデモナイ量(CPU power?)を専用に割りあててるとか。
それに比べれば整数(のうち良く使うあたりのマップ)なんて屁でもない数かもかも(^^;
人間の自然数の理解 (スコア:1)
もし、自分の頭の中に20くらい (足の指のイメージ?) 位までしかマップがなかったとしたら。100くらいの数はきっと理解していると自分は思っているので、20から先は一階上の抽象で理解をしていて、もしかしたら加算無限につながる領域を理解できている可能性があるわけです。
もし1万までマップがあって、その先がないとしたら。
よく、「そんな大きな数字は想像できない」って表現しますよね。その大きな数字ってのが、マップの最大だ、って可能性が大きくなるはずです。
で。自分の頭がどうなってるかなぁって興味があるわけなんですが。
100までしかマップがなかったりしたら。明日から、101をもって「そんな大きな数字」といわなきゃ。それイヤすぎでしょ?
Re:人間の自然数の理解 (スコア:1)
てゆーか、まさにその「(大きな)数字が想像できない」というものいいが、想像できない俺です(^^;
なんで単に大きくなったとたんに数字を「想像」できなくなるかな?と。
数字なんざなんぼでも想像できるだろうに。
なにがどう想像できてないのか?を自分で理解してない(^^;人が、
そーいうものいいをする、のではないかと俺は勘繰っています。
酷いのになると単に、桁が多すぎて数えるのが苦痛だとか、読みかた(和語や漢語の)を知らないとか、
というだけの意味でソウ言ってるんではないかとすら…
数字そのものの理解のマップじゃなくて、数と具体物とのマップ
というならば、「見た」ことのない物(の数)については「想像」できない
という想像力の貧困(笑)がありえるかも知れませんが。
まあ、0すら昔の人類は想像できなかったくらいに抽象概念である
らしいですから(^^;、大きな値ばかりがマップ(有るとして)の外だとは限らないんでしょうね。
>100までしかマップがなかったりしたら。明日から、101をもって「そんな大きな数字」といわなきゃ。それイヤすぎでしょ?
100だろうが100^100だろうが、それで「自分が困る」かどうかだけの問題ですね、「イヤすぎ」と言いたくなるかどうかは。
困る閾値がどこにあるか?は、暮らしてる文明の仕組とか、もっと違うものに依存してるんじゃないかなあ。
古代の大半の人は3つくらい数えれば十分だったかもだが、
同時代(^^;のアリストテレスだのなんだのは限界が遥か上でないと困っただろうから。
それにマップとやらがobjectじゃなくて変数である可能性もあるかも。
つまり1の入ってた変数を捨てて2を代入するとか(笑)。